「ちょっと押さないでよ!」
「私が先なんだけど!」
「あー、待って待って!順番ッスよ!」
昼休み。お弁当を忘れてきてしまって購買に行くとなんとびっくり。人が溢れかえっている。何事だ。限定ランチ争奪戦か何かだろうか?と側から黙って見ていたが自然と列が形成されていて、メロンパンが買いたかった私はその列に並んでみた。
「夢の国のアトラクションかよ」
「あ、お待たせしたッス!ごめんね待たせちゃって」
「え…あ、うん」
ようやく私の番まできて、レジまでたどり着いたのかと思いきやなぜか金髪の男が目の前に立っていた。しかもなんか無駄にかっこいい人。
「名前はなんて言うんスか?」
「え、名前?…苗字名前、です」
なぜ名乗らなきゃいけないのか、と考えているうちにそいつは「名前ちゃんッスね〜」と言ってペンを持ち始めると「書くものある?」と言われた。なんだ?なんなんだ?
「え、書くもの?あ、このあと職員室に出しに行くノートが…」
「じゃあちょっと借りるッスね」
そう言ってそいつは私からノートを取り上げノートの裏表紙にスラスラと何かを書いていく。
「はいっ、できたッス」
「え、あ……はい」
何を書いたのか知らんがそのまま返されたノートを受け取り見もせず小脇に挟む。すると今度は突然手を差し出されて笑顔で「これからも応援よろしくね〜」と言われる。なに言ってんだコイツ。この手はなんだ?と考える。あぁ、メロンパンの代金かな。いつもはパンと一緒にレジのオバちゃんに渡すけどいつからシステムが変わったんだ。よくわからないとりあえずメロンパンのお金を彼の手に乗せた。
「…100円?なんスか、これ?」
「なにって、代金」
「あ…えっとそうゆうのは受け取れないっていうか」
「え、なんで」
「差し入れとかならいいんスけど、お金が発生すると事務所が…」
「は?なんかよくわかんないけどとりあえず早くそこのメロンパン取ってよ」
そいつの後ろにあるメロンパンを指差すと「え!?」と大きな声を上げるので私もびっくりする。なんなんだコイツほんとに。
「オレのサインほしくて並んでたんじゃないんスか!?」
「サインってなに。私メロンパン買いたくて並んでたんだけど。え、待って。この列なに?」
「えええええ…そこからッスかー!?」
まさに拍子抜け、という表情を見せたそいつに私は首をかしげる。サインって何だよ誰だよお前。訳がわからずにいると後ろに並んでる女が「いつまで黄瀬くんと話してんのよ早くしてよ」と苛立った声がちらほら。【黄瀬くん】とは、と首を傾げながら再び目の前にいる男をじっと見た。イケメンだ。どっからどう見てもイケメンだ。
「スクールアイドルか何か?」
「いやいや、違うッス」
苦笑いの彼は「一応モデルやってるんスけど…知らないッスか?」と控えめに尋ねてきた。「知らん」とバッサリ切り捨てた私にこの列の説明をしてくれて、要はたまたま購買にやってきた黄瀬涼太というこのモデルのサインがほしい女子たちによって勝手に列が形成されたらしい。どうにも逃げられないと判断したらしく致し方なく握手会が始まったとか。それに並んだメロンパン目的の私。なんかちょっと恥ずかしいだろ。誰か最初に教えろよ。
「あ、なんかごめんね…世間知らずで」
「あ…いえ、」
「さっきノートに書いたのってサイン?」
「そうッスよ」
「そっか、ありがとう。このノート見て勉強頑張るよ。黄瀬もお仕事ガンバッテ」
とテキトーなことを抜かしながら、さりげなく彼がとってくれたメロンパンを受け取り、職員室にノートを出しに行こうとすれば「ちょっと待って!」と腕を掴まれて引き戻される。なんだ、なんだ。ちょっと女子たちがざわついたぞ。
「クラス!」
「は?」
「クラス教えて!あと名前も!」
名前さっき教えただろ。絶対コイツ覚えてないよ。
「1年6組、苗字名前」
それだけ答えると「ありがと!」と笑って手を振られた。私はそれに礼で返してその場を去る。長い列に並んでいたせいでお腹すいた。そもそも並ばずに買えたはずなのに時間の無駄だったなーとか思ったりしたけどイケメンを拝めたのでまあいい。廊下を歩きながら買ったパンを頬張りさっきノートの裏表紙を見てみる。そこには何ともオシャレなサインが書き込まれていた。
「黒子〜」
「あ、苗字さん。ノートちゃんと出して来たんですか?」
「うん。それよりさ、黄瀬涼太って知ってる?」
「黄瀬涼太…?あ、モデルやってるってクラスの女子たちが話してましたね」
「なんかよくわかんないけどサインもらった」
「はい?」
この後めちゃくちゃググった。