「室ちんセンパーイ!」

「名前、走ると危ないよ」


転べばいいのに。心の中でそう思った。ダサいところ見られて室ちんに嫌われればいいのに。向こうから走ってくるバカみたいに笑ってる女を見ながらそう思った。

嫌いだ、大嫌いだ、あんな女。


「あ、紫原もいたの?」

「……いたし」


なんなの紫原って。前は敦って名前で呼んでたじゃん。それにそんな見え見えの作り笑い、ブサイクすぎだし。化粧も似合ってない。スカート短い。その脚見苦しいんだけど。大好きな室ちんの前ではそうやって女子力高いです私みたいな顔しちゃってさぁ〜。オレ知ってんだかんね。あんたがどれだけ腹黒くてバカな女かってこと。室ちんの前でどんなに猫かぶったって室ちんにとって所詮あんたは可愛い後輩止まりだってことも。


「センパイ、部活頑張ってくださいね!はい、これ差し入れです」

「いつもありがとう、名前」


室ちんに頭撫でられて喜んでる女はちらっと俺を見てべーっと舌を出す。ムカつく。まじでウザいし。そもそもその差し入れのクッキーだって料理部の人に作ってもらったやつでしょ?アンタ料理の才能皆無じゃん。アンタの手料理散々食わされてどれだけ俺が死にそうになったと思ってんの。さっちんと同等かそれ以上だよ。つーか、いかにも自分が作ってきましたみたいな顔すんなし。ほんと超ウザい。大っ嫌い。


「じゃあ名前も気をつけて帰るんだよ」

「はーい」


そう言って手を振って玄関に向かうあいつは室ちんしか見てなくて、オレは手に持っていたまいう棒をぐしゃりと握り潰した。


「アツシ、俺たちも部活いこうか」

「…あ、忘れ物した〜」

「え、なにを?」

「ま、ちょっとね〜。室ちん先に行ってて〜」


そう言って室ちんにヒラヒラと手を振りながら体育館とは逆の方向に向かった。少し先で見つけた小さな背中に思わず舌打ちをする。


「…ねえ」

「……なに?」


玄関先でそいつを呼び止めらば眉間にシワを寄せてオレを見上げてる。さっきの室ちんに対する態度とはえらい違いだ。


「部活行くんじゃないの?はやく行けば?」

「室ちんのこと好きなの?」

「…紫原に関係ないじゃん」

「室ちんアンタみたいな女タイプじゃないよ」

「……」

「室ちんなんてやめとけば、」

「うるさいなぁ!どうでもいいでしょ!ほっといてよ!」


ドン、とオレを突き飛ばすようにオレの胸板を押すけどびくともしない。そんな弱々しく叩かれたって痛くない。だけど胸の奥が握り潰されるみたいに痛い、苦しい。あの時からずっとだ。


「なんでアンタにどうこう言われなきゃいけないわけ!?私のこと突き離したのはそっちでしょ!」

「………」


そうだ。突き離したのはオレだ。中学からずっと付き合ってた。性格悪くて、バカで、料理クソまずくて、すぐ泣くし、めんどくさい女。だけど付き合ってた。最初は気まぐれだった。だけどいつの間にか好きになってたんだと思う。別れてから気づいた。どうでもよかったはずなのに、気まぐれで付き合ったはずなのに。いつの間にかオレのなかでどんどん大きくなっていた存在にオレは気づかぬフリをして、ずっと"嫌い"だと言い聞かせてきた。でももう疲れた。こんな意地貼ってたって、イライラするだけだし。もう無理。降参。


「…嫌いだし、アンタなんか」

「…っ」

「室ちんのものになろうとしてるあんたなんか大っ嫌い」

「なに、それ…」


オレじゃない誰かを選ぶアンタなんか嫌いだ。オレを見てくれないアンタなんか大っ嫌いだ。でも、


「ねえ、私バカだからちゃんと言ってくれないとわかんないんだけど」

「だからアンタみたいな女を好きになってくれる男なんて、オレしかいないって言ってんの」

「だったらもう離さないでよ…バカ敦」



オレの名前を呼んでくれる名前ちんは大好き、かも。


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