『あ、そんで、この話はユウジ先輩には絶対に言うなって』
財前の謎の裏切りによりブン太の家に泊まっていることをユウジに告げられ私が唖然としているなか、受話器越しに聞こえてきたユウジの言葉は「あっそ」の一言だった。結局ユウジにとって私はどうでもよかったみたいだ。
そして現在、私は丸井家にいるわけだが。
「ねえ、おかしくない?」
「ん?なにが?」
「エロ本くらい隠せや」
「なになに気になっちゃう?」
「そういうのウザい」
おめーのエロ本になんざ興味なんてねぇよ殺すぞブタ。なんて内心イラつきながら私は人様の部屋のベッドにダイブした。この部屋ブン太の香水の匂いがする。それと煙草の匂い。
「私がいる間は煙草吸うなよ」
「えっ、もう火つけちゃった」
「真田にチクってやる!!!」
舌打ちをして私は枕に顔を埋めた。この不良。ふぅー、っと煙を天井に向けて吐き出したブン太は「そのまま寝るなよぃ」と言って私の頭を乱暴に撫でた。
「それにしてもアンタの親は知らない女が来ても何も言わんの?」
「女絡みに関してうるさく言われたこととかねぇよ?」
だろうな。私が来たときだってブン太のお母さん「あら、また可愛い子連れてきて〜!モデルさんみたいね!なにちゃん?」ってテンション高かったくらいだからね。お父さんに至っては「避妊はしろよ」って。この親子どうなってんだよ。
「風呂沸いてるって言ってたから入るなら入っていいぜ」
「あー、うん。ほな借りようかな」
こっち、とブン太は立ち上がりお風呂まで案内してくれる。タオルと着替えまで貸してくれたのはありがたいが、
「いつまでここにおるん?」
「え?一緒に入んねぇの?」
「入るわけねぇだろ」
わかったらさっさと出て行け。と脱衣所からブン太を追い出した。なんなんだよアイツ。下心が丸見えすぎてむしろ清々しいわ。
「ねえ、着替え貸してくれるのはありがたいんやけど、何でTシャツだけなの」
「男のロマンだろぃ」
「何バカなこと言ってんねん」
お風呂から上がってブン太の部屋に行くとブン太は私を上から下までじっくり見た後に親指を立てた。なにがグッジョブだよ。所謂"彼ティー"というのがやりたかったらしいが私は別にこいつの彼女じゃない。しかめっ面をしつつも、少し大きめで太ももが隠れるくらいのブン太のTシャツを着た自分を鏡でもう一度見る。うっわ、私クソ可愛い。
「なぁ、こっちきて名前」
「…なに?」
ベッドに座っていたブン太に手招きされて、近寄ればスッと伸びてきた手に腕を掴まれてそのままぐいっと引かれた。
「ちょっと、」
「そうやって簡単に呼ばれて来ちゃうなんて名前チャンは警戒心がないですな〜。男はいつでもオオカミなんですよ?」
「ふざけないで、離して」
ブン太の上に座らされて、抜け出そうにも腰に腕を回されたせいで動けない。面白がってニヤニヤ笑ってるブン太を剥がそうにも力じゃ敵わず。ふぁっく。
「冗談。そんな睨むなって。無理やりヤる趣味は俺にはねぇから」
「だったら、さっさと離してよ」
「いいじゃん、抱きしめるくらい」
ブン太はそう言って私をぎゅうっと抱きしめるとまるで子どもをあやすみたいに私の背中を撫でた。
「私、赤ちゃんやないんだけど」
「慰めてやってんだよ」
「はぁ?私、別に落ち込んでないんやけど」
「嘘つけ。お前こっち来てからずっと眉間にシワよりっぱなしだぜぃ」
それは大方アンタが私をイラつかせるからだろ、とは言わなかった。理由がそれだけじゃないのを自分でも気づいていたからだ。
「一氏とまた喧嘩した?てか何かあったからわざわざ神奈川まで気分転換に来たんだろ?」
「そんなんやないわボケ」
「素直じゃねぇな」
「………」
くしゃくしゃ、とちょっと乱暴に頭を撫でるブン太。こいつの妙に感が鋭いところと、優しいところが私は嫌いだ。つい縋ってしまいそうになる。そして私が視線を落としたのに気づいて「愚痴なら聞いてやる」と小さく笑った。
「ユウジに、信じてもらえんかった」
「………」
「蕪城さん、ユウジのこと利用してた。ほんとは白石が好きなのに、近づきたいからって都合よく現れたユウジと付き合った。それ知って許せなかったの。それでボッコボコにしてやった」
「ははっ、お前それはヒロインにあるまじき行為」
「笑い事ちゃうねん。そしたらあの巨乳ユウジに変なこと吹き込んでやがって。私があいつをボコったのは、私がユウジのこと好きやからで、彼女の蕪城さんが邪魔やからやったと思ってんねん。必死にユウジにほんまのこと言うても全然信じてくれんかった。彼女のことばっかり庇って、もう嫌んなったん」
「でも、お前はそれでも一氏のことが好きなんだろぃ」
「………」
「名前はどうしたいの?」
「…さぁ、わからん」
わからんよ。ユウジに本当のことを知ってほしい?それで蕪城さんと別れてほしい?私を見てほしい?私と一緒に居てほしい?なんか、もう自分のことなのにわからない。ブン太の肩に頭を乗せていろいろ考えてみる。だけど答えは出なくて、だんだん瞼が重くなるばかりだ。
「名前…?眠いの?」
「……ん」
「本当に子どもみてぇ」
おかしそうに笑うブン太の笑い声がどこか遠くに聞こえる。かと思えば「でもまだ寝んな」と肩を揺すられた。
「…なんで」
「うん、まあ、一縷の望みっていうか、賭け?」
「はぁ?」
意味がわからない。私の頭がすでに機能してないからか、ブン太の説明が悪いのか。おそらく後者だが。その時だった。テーブルの上のブン太の携帯が鳴りだしてブン太は「噂をすれば…」と少し呆れながらそれに手を伸ばした。
「…もしもし?ん?…うるさっ…あぁ、何もしてねーよ、まだ……わかんね、もしかしたら食っちゃうかも〜……なーんて。…あーうそうそ。嘘だって何もしねーから、はい、わかった、はいはい」
ブン太が電話を終えて切ると「しつけーな」と文句とため息をひとつ。すると私を見て少し情けない顔で笑う。私は意味がわからず首を傾げる。名前さぁ、と今度は真剣な顔で私を見るから思わず背筋が伸びた。
「もし、今帰れるって言ったら、帰りたい?」
「なにそれ。帰りたいって言ったら帰してくれんの?」
「名前が帰りたいって言うなら」
なんで急に。さっきの電話が関係あるの?だって、きっと私のこと話してた。
「…電話、誰だったの?」
「………」
「ねえ」
ブン太は言いたくなさそうに少しの間黙ったけど、それからポツリと答えた。
「一氏」
「え」
「これからお前のこと迎えに来るって」
なんで?なんで?なんで?疑問が浮かぶばかりだ。何でユウジから電話?そもそも電話番号知ってたの?何でユウジが迎えに来るの?さっきまでの眠気はどこへやら。むしろ瞳孔開きまくり。
「さっき赤也と財前経由で俺の番号あいつに教えた」
「…なんで」
「俺のちょっとした善意ってやつ?あいつめっちゃ焦ってたぜぃ。名前に変なことすんなよって怒鳴られたんだけど俺」
「嘘、」
「ここで嘘言ってどうすんだよぃ」
で、どうする?と再び私の目を見て尋ねてきた。なにそれ。ユウジが焦ってたって…。だって私が財前に電話したときは素っ気なかった。でもそんなこと言われたら…
「帰り、たい…」
「そっか、」とブン太は笑った。そして私の手を包むように握るとぎゅっと力を込めるとガクリ、と肩を落として今度はブン太が私の肩に頭を置いた。
「…ブン太?」
「帰したくねぇー…」
「え?」
「自分でこんなことしておきながら、お前のこと帰したくない」
「なにそれ新手の告白?」
「…そう。ずっと一緒に居たいってこと」
「…ぬ?」
まさかの返答だったので変な声が出た。どうせブン太のことだから、また軽いノリでその前に一発ヤらせてとか言うのかと思ったら…。拍子抜けだ。
「やっぱり俺、名前のこと好きだったのかも」
「……」
「今までまじで好きになった子とかいなかったから、よくわかんねぇけど、名前といると俺すげードキドキすんの」
俺これでも名前のこと襲わないようにいろいろ我慢してんだけど、とちょっといらない情報までいただいた。なんだ、それ。お前誰だよ、キャラ見失うなよ。チャラ男どこ行った。
「でもお前は一氏のこと選ぶんだろぃ?」
「………」
なにも答えられなかった。散々ブン太にウザいとかあれこれ言ってきたのに、こんな時に限って言葉が何も出てこない。
「…まあ、お前の答えなんて聞かなくてもわかってんだけど」
「……ごめん」
「ははっ、お前そこで謝るとか余計悲しいわ」
「ほな、ありがとう…」
好きって言われて嫌な気持ちになる人なんていないだろう。それは私も同じ。嬉しかった。そしたらブン太が顔を上げて笑う。
「俺、超当て馬」
「他校のくせにここまで出てくる当て馬キャラって相当おらんよ?」
「出演料とかもらえっかな?」
「知らな」
またいつもみたいなノリの会話に戻る。ブン太とはこの距離が丁度いい。
「あのさぁ、名前にお願いあるんだけど」
「くだらないお願いなら蹴り飛ばす」
「一緒に写メ撮ろう」
「はァ?なに、そんなお願いでいいの?」
「俺は土下座でもしないと無理だと思った」
「私そこまで鬼ちゃうわ。写メならいくらでも撮ってあげるし。だいたい何で?」
「好きな女との思い出は残しておきたいじゃん」
「ブン太にそんな思い出を大切にするやつだとは思わなかった」
「おい」
「まあ、いいや早く撮るよ」
ブン太の隣に肩を並べるとブン太は笑って携帯を向けた。
「あ、ちょっと私盛れてないじゃん、もっかい撮り直して」