あー。なんか暇だなー。
そんなことをつぶやいた水曜日の昼。完全に廃人と化した私は携帯をいじる毎日。あれからユウジは家に来ないし連絡も来なくなった。それでよかったのかもしれない。これで私もユウジのことを諦められる。そんなことを考えていたら私のつぶやきに返信がきた。
ブンブン @tensaiteki
いい加減ジャージ返して
なぜかやつにフォローされている私。私はしてないけど。てかブンブンって名前なんなの?イラっとした。ところでジャージ。すっかり忘れてた。部屋の隅にくしゃくしゃになってぶん投げられてる立海のレギュラージャージ。先日の練習試合でブン太に借りたものだ。ブン太は宅急便で送ってくれればいいって言うてたけど、今停学中だし暇だから神奈川まで行ってみようかな。気晴らしに観光でも。
ということで。やってきました神奈川。そして立海。ちゃんとブン太のジャージは洗濯したから大丈夫。汚くないしシワシワじゃないよ。
「やぁ諸君。練習頑張ってるー?」
「……名前!?」
コートに行ったら練習に励むバカ共が私を見てぎょってしていた。赤也くんは私が来たことに喜んでたけど。あー私って罪な女だわ。
「お前!まさかわざわざ来たのかよぃ?」
「わざわざ新幹線乗って来てやったわよ交通費ちょーだい」
「知るかよぃ」
駆け寄ってきたブン太がため息をつく。テニスコートを囲む女子たちがじっと私を見てる。きっと「誰あの子めっちゃ可愛くなーい?丸井くんの彼女かな?」とか言うてるに違いない。まあ実際聞こえてきたのは「誰あの女、丸井くんの何なの調子乗っててうざくなーい?」だったんだけど。
「名前さん俺に会いに来てくれたんすかー?」
「うん。赤也くんのために来ちゃった!だから交通費ちょーだい?」
「えっ」
「ふふ…相変わらずだね苗字さん」
「出たな、クソ魔王!」
「ん?なんか言った?聞こえなかったからもう一回言ってくれる?言えるもんなら」
「…………」
私やっぱり幸村嫌い。
「てかお前学校どうしたんだよぃ」
「今、停学中」
「は?何やらかしたんだよぃ」
「ちょっと女を一人ボコボコにしてやっただけ」
「お前なぁ…」
「それよりジャージありがとう」
「あぁ」
ブン太にジャージを渡す。するとブン太が私の顔をじっと見る。何?可愛いからまた好きになっちゃった?
「そういや俺お前に振られたんだよな」
「そうだね」
「けどやっぱりお前のこと見たら可愛いなって思う」
「そりゃ可愛いからね」
「だからさ…頼む!一回だけヤらせて!」
「…ねぇ、どこまで私を苛立たせるの?」
こいつの頭の中はいつもこれか。なんか辛い。こんなんで友達いるのこいつ?
「私からもお願いがあるんやけど」
「何?」
「今日泊めて」
「………はい?」
ポカンと間抜けに口を開けるブン太。私これまじで言うてるよ?まあブン太の家に泊まりたいわけちゃうけど。
「実は財布落とした」
「は?」
「それで腹立って携帯ぶん投げたら壊れちゃった。だから誰にも連絡出来へんねん。大阪帰れへん」
「だったら俺の家泊まりんしゃい」
なんか仁王が割り込んできた。私、仁王ちょっと苦手なんだって。何考えてるかわからんから。
「仁王だけは無理」
「まーくん傷つくのぅ」
「思ってないくせに」
「プリッ」
何よプリッて。
「仁王ん家はやめとけ。何されるかわかんないぜぃ。絶対、俺ん家のが安全」
「さっきヤらせろって言うてきたやつ何言ってんねん」
「まあ理由がどうであれ名前なら大歓迎だぜぃ」
なぜかご機嫌のブン太は私にここで待ってるように言って練習に戻って行った。もー、待つの嫌いだから早く練習終わらせてくれへんかな?お腹すいたし。
「よぉ、待たせたなー」
「待たせすぎ」
「名前ちゃん、おこ?」
「うざい」
ブン太が煽ってくるのでイラっとしたらその後ろから仁王と赤也くんがやってきて「二人とももう帰るんスかー?」と聞いてくる。
「ねえ私お腹すいたんやけど」
「ならどっか食いにいくかー」
だったらみんなでどっか行きましょうよ〜と赤也くんが楽しそうにはしゃいでいる。財前もこのくらい愛想がいいとなぁ、なんて目の前の赤也くんを見て思う。同じ中二とは思えない財前のドライさは結構深刻な問題だと思っている。
「あ、私お金ないけど」
「そうだった…お前財布落としたんだった」
まあどっちにしろ財布には新幹線に乗るための交通費しか入ってなかったんだけどね。カードもTポイントカードだけだったから落としても別に困ることもない。そんな私にブン太はため息をつく。
「仕方ねえな、じゃあ奢ってやるよ…ジャッカルが」
「俺かよっ!?」
「あ、ジャッカル君」
いつの間にかブン太の隣にいたジャッカル君がブレないリアクションを見せる。
「まあ細かいことはいーじゃん。行こうぜぃ!」
こうしてブン太に流されてしまったジャッカル君は私のために僅かなお小遣いを消費したのだった。ごめんなさい。でもありがとう。
「あー。食った食った」
「ちょっとブン太食べ過ぎやないの?私アンタが心配になったわ」
「ブンちゃんはいつものことぜよ」
「仁王は偏食すぎ」
「プリッ」
「名前さん、俺は?俺嫌いなものないッスよー!」
「あー偉い偉い」
可愛いけどどこかめんどくさい赤也くんはテキトーに頭を撫でてやる。私たちが店を出た頃にはすっかり外は暗くなっていた。そろそろ解散にしようか、というときに私はふと思い出す。
「そういえば私、親に帰れんこと連絡してへん」
「お前それ一番最初にするべきことだろぃ」
「せやかて携帯壊れてんねん」
「オレの携帯貸してやっから」
ほれ、そう言ってブン太は私に携帯をぽーんと投げる。あぶなっ。キャッチ出来なかったら画面バキバキになるぞ。てか私ブン太から携帯借りたはええんやけど、
「番号知らん」
は?
その場にいた全員が声を揃えて私を見る。まるでアホか、と言わんばかりの視線が突き刺さるのだ。主にジャッカルくんのほうから。
「今の時代アドレス帳からボタンひとつで通話できるんよ?わざわざ番号なんて覚えるわけないやん」
「せめて親の番号くらい覚えとけよ…」
「あと私、記憶力ほぼ皆無」
はあ。と呆れたようなため息が私を取り囲んでいる。ちょっと赤也くんまでため息つかないでよ。一番頭悪そうなくせに。
「誰かうちの学校のやつと連絡つかんの?主に白石とか。まあユウジ以外なら誰でもええんやけど」
「あ、おれ財前の連絡先なら知ってるッスよ!」
「でかしたぞ赤也くん!」
赤也くんの髪をぐしゃぐしゃになるまで撫でて、早速財前に電話をかける。携帯依存症のやつならすぐに出るだろうと見込んでいたらワンコールで通じた。さすが。
『なんやねん』
「あ、私」
『は?ちょ、先輩?なんで?』
赤也くんの携帯から私の声がして相当驚いたのだろう。状況が理解できてない財前は受話器の向こうで少し動揺していた。
『まさか停学になったからってグレて転校したとか』
「そんなわけあるか」
『先輩のこと俺忘れません…』
「おい聞け」
電話の相手がこいつで本当に大丈夫なのだろうか。いや、私が知ってる人間のなかで一番冷静なやつだからきっと大丈夫だ!…と思いたい。
「私いま神奈川におるんやけど帰れんくなった」
『はい?話が飛躍しすぎて訳わかりません。ちゃんと日本語で話してください』
「だーかーらー、」
ブン太にジャージを返そうとしたんだけど、停学中で暇だし折角だから観光がてら私が神奈川まで行って直接返しに行こうって行ったはいいけどどこかに財布を落としてそのことにイラつき携帯を地面に叩きつけたら壊れてしまって、帰りの交通費はなし!連絡手段はなし!大阪に帰れませ〜ん!!という事態が発生して…
『…で、丸井さんの家に泊めてもらうことになったと?』
「そう。それでさ、財前にお願いがあるんやけど」
『えー。嫌ッスわー』
「まだ何も言ってない」
まあ聞くだけ聞きますけど、とあからさまに嫌そうな財前の都合を無視して私は淡々と話を進める。
「明日、神奈川まで迎えに来て。そしてそれを私の親に伝えて」
『は?嫌ッスわ。なんで俺が』
「ええやん、交通費ならあとでちゃんと払うし」
『ユウジ先輩に頼めばええやないですか』
「は?絶対ムリ。てかユウジにこのこと絶対言わんでよ?」
『なんでですか?』
「せやかてもうユウジと関わらんて決めたし」
『あー。それで最近ユウジ先輩むっちゃ機嫌悪いんスね。てか何でアンタらそないめんどくさいんスか』
「うっさいわ」
『おい財前。はよせんとお好み焼き食われるでー』
ん?今、電話の向こうでユウジの声が聞こえたような…
「ちょっと財前アンタ今どこにおるん?」
『先輩たちとお好み焼き』
「近くにユウジおるん?」
『えっ、ユウジ先輩?おりますよ隣に』
ひぇーーーー!?!?!?
『は?俺がなんやねん。お前さっきから誰と電話してんねん』
『や、なんか名前先輩からなんスけど』
『名前?なんであいつ?』
なんか私をほったらかして隣におるらしいユウジと会話を始めてしまった。おいおい財前くん、ユウジは無視してええからはよ戻ってきて。
『なんか神奈川まで行ったけど財布落として帰りの交通費ないみたいッスわ。携帯も壊れて使えへんらしいし。それで切原の携帯からかかってきたんスけど今日は丸井さんの家泊まるから明日迎えに来いって』
『……は?なんやねんそれ』
『あ、そんで、この話はユウジ先輩には絶対に言うなって』
財前、貴様ぁぁぁぁぁああああ!!!