考えてみれば俺のイライラパラメーターは名前の"友達やめる宣言"から上昇し始めていた。いきなり俺と友達やめるとか言いよってムカつくし納得できへんから帰りにアイツん家行ったら丸井とキスしとる状況。しかも玄関で。ようわからんけどむっちゃムカついたし極端にヘコんだ。別に俺にはミサがおるし名前が誰とキスしようが関係あらへんのに。ほんま自分が意味わからんくてモヤモヤしたまま1日を終えた。
翌日、目を覚ましてもイライラやらモヤモヤやらが消えることはなかった。そのまま練習試合2日目。タオルを部員一人一人に渡して…いや投げつけている名前のジャージはなぜか立海のジャージ。丸井が上のジャージを羽織ってないところを見るとおそらく丸井の。何やねんアイツ。すっかり丸井と仲良しこよしかいな。ざけんな。
「ちゅーかそのジャージ何なん?」
「一氏に関係ない」
聞くと俺のことを一氏とか呼びやがる。友達やなくなったからって極端すぎる。ウザくてしゃーないから俺も言い返した。
「どうせ大好きな丸井のやろ?似合うとるで。そのまま立海に転校せぇや。お前の顔とかもう見たないわ」
アイツは一瞬顔を歪めたが、すぐにお得意の勝ち誇った顔で俺よりチビなくせに頑張って俺を見下ろした。それすらウザくて俺は踵を返し部室に向かう。
「ユウジ…?」
「…………」
心配してついてきたミサが俺の手を握る。ミサは黙りこんだ俺の隣にずっといた。ただ無言の時間が流れる。何か言わな、と思うのに頭の中は名前のことばかり。
「ユウジ、」
「ん…?」
「苗字さんのこと考えてる?」
「えっ」
「ユウジが眉間にシワ寄せるときは大抵苗字さんのこと考えてる」
ミサの言葉に返す言葉がなかった。再び黙り込んだ俺にミサは泣きそうな顔をして俺に抱きついてきた。
「お願いユウジ!私を捨てないでっ!」
「ミサ…」
「私にはユウジしかおらんの!お願い!」
ミサがこんなに泣きついてくるのに、俺は名前のことしか頭になかった。今目の前におるのはミサやのに。大丈夫やって、ミサを抱きしめてやらなあかんのに。俺の中におる名前がそれを邪魔すんねん。何でなん?何で俺こんな名前のことばっかり…。名前と、名前のことにイラついてる自分がどうしようもなく腹立たしくて。名前の顔が頭から離れんくて。むしゃくしゃした俺は強引にミサの唇を奪った。頭の中の名前を掻き消すように無我夢中でミサにキスした。そしたら俺の中のアイツは消えると思った。
その時だった。静かに部室のドアが開いて、そこから姿を見せたのは名前だった。ドアの前で目を細めた名前は素早くテーブルにあったスコアシートを取るとすぐに部室を出ていった。直後、俺は後悔に近い感情を抱いた。自分でもようわからん。兎に角このままじゃあかん気がして俺は部室を飛び出した。後ろからミサが俺を呼び止めるけど、俺の足は止まらんかった。
「お前らどこ行くねん!コート行きすぎてるで!鬼ごっこなら部活終わってからにせぇや!」
白石が怒っているなか、俺と名前は鬼ごっこ状態。別にしたくてしてるわけちゃうねん。名前が逃げるからや。この女、足だけは異常に速い。
「待て言うとるやろ…っ!」
「やっ、離して…!」
結局、俺には足で勝てるわけがなくて、裏庭で名前を捕まえた。だが、それからどうしたらいいのかわからんかった。俺は名前に何を伝えたいん?わけもわからず名前を追いかけて俺は何がしたいん?たくさん伝えたいことはあるのに、うまく言葉に出来ない自分にどうしようもなく腹が立った。俺は考えるよりも先に、手が勝手に名前を引き寄せて強引に唇を奪った。嫌がる名前は所詮女で男の俺には力で敵わん。俺は名前の腕をきつく掴み、今までのモヤモヤとした感情をぶつけるようにキスをした。するといきなり蹴られて我に返る。
「い"っ…!?」
「…っはぁ、何すんのよ!」
目が合えば名前は泣きながら自分の唇を手の甲で拭っていた。ぽたぽたとこぼれ落ちる涙に俺は後悔した。こんなはずやなかった、と。
「蕪城さんとキスした汚い唇で私に触れないで!」
鋭い目付きで睨まれて強く押し返される。俺は名前の悲鳴にも近い怒鳴り声を聞きながらぐっと下唇を噛んだ。
「アンタ最低!馬鹿!死ね!」
そう言って走り去っていく名前をそれ以上追いかけることはしなかった。そして俺はようやく自分のイライラに気付いた。許せなかったんや。丸井と名前がキスしたことが。自分のものが他人に取られていくような、小さな子供がおもちゃを取り上げられるような、そんな感じ。それが許せなくて、俺は自分のものだと言い張るように名前にキスをしたんだと思う。だが、そこに俺の親友の名前はもういなかった。
「友は大事にすべきだ。困難にぶち当たった時、支えてくれるのは友なのだからな」
「…おん、」
俺なんで真田に慰められとんねん。
2日間に渡る練習試合も終わろうとしていた。あれから名前とは目も合わせとらんし、ミサとも微妙な空気が流れてて、後悔でいっぱいの俺はコートの隅で体育座り。そんな時に現れたのが真田。なんだか真田が女神に見えた。いや、こんなオッサンの女神とか正直キモいけど、今なら真田を愛せる気がする。あ、やっぱ無理。
「真田、幸村くんが呼んでるぜぃ」
そしてやって来たのは丸井。それに答えるように真田は立ち上がり、俺に向かってガッツポーズを決め込んでどっか行った。最後のガッツポーズはほんまに意味わからん。真田に続いて丸井も行くのだろうと思ったら、丸井はポケットに手を突っ込みながらガムをクチャクチャと噛んで俺を見ていた。
「何やねん…」
「俺のどこがダメだったんだろうな」
「は?」
丸井の言葉に俺は首を傾げる。すると丸井は膨らましていたガムをパチンと割った。
「俺ってかっこいいし、まぁ男としてはなかなかいい感じじゃん?」
なんやコイツ。超うざい。何で自分で自分のこと盛大に盛り上げてんねん。いい感じってどこがやねん。残念やわ、いろいろと。
「…せやから何が言いたいん?」
「俺、名前に振られた」
「………」
丸井の言葉にかなり驚いたけど、あえて表情に出さんかった。無表情を貫き通す。せやかて名前のことでいちいち反応するとかダサイから。
「お前ほんまに名前のこと好きやったんか?」
「んー…わかんねぇ」
なんやそれ。そう呟いた俺に丸井は「そういうお前はさ、」と口を開いた。
「ホントに巨乳の彼女が好きなの?」
「…巨乳の彼女とか言うなや」
俺が睨むと丸井は「だって名前が言ってた」と付け足す。アイツ俺の彼女を何だと思ってんねん。
「で、どうなんだよぃ?」
「…………」
すぐに「好き」なんて答えられへんかった。わからんねん。正直ミサに対する想いが何なのかわからん。すごく大好きだったはずやのに、今はミサより名前のことが頭に浮かぶ。目の前にミサがおっても、ミサとキスしてても、頭の中は名前のことだらけ。消したくて仕方ないのに、うざくて仕方ないのに。
「…………」
「まぁ別に何でもいいけどよ、見捨てんなよ、名前のこと」
「え、」
「名前が泣いてるときに、お前が手を差し出してやらねーでどうすんだよぃ。お前が泣かせるようなことしてどうすんだよぃ。お前ら親友なんだろぃ?」
「…………」
「名前が本当に頼れるのはお前しかいねーだろぃ?だったら目ぇ離すんじゃねーよ。じゃなきゃ奪われちまうぜぃ、例えば俺とかに」
丸井はそれだけ言って俺に背を向けて歩いて行った。俺はそんな丸井の背中を見つめて考える。
俺たちは一体なにを間違えたんやろ