あれからなぜか落ち着いていた私は冷静に対処し、とりあえずブン太には帰ってもらった。それから口を濯いでみたけど初ちゅーの相手がブン太だという事実は消せないのだ。少しだけ泣きそうになった。初ちゅーの相手はユウジがよかったなぁ。なんて馬鹿みたいに思ったりする。残念ながらユウジの初ちゅーの相手は私ではなかったけど。
そして練習試合の2日目を迎える今日。私は完全に燃え尽きていた。いろんな意味で。
「「はぁ…」」
部室でドリンクとタオルを用意していたら、私のため息と蕪城さんのため息が重なった。うっわ、ため息ハモるとか最悪。ちらっと蕪城さんを見てすぐに逸らした。そしたら今度は蕪城さんの方から物凄い視線を感じる。
「苗字さん…」
「……何?」
私は蕪城さんを見ることなく言葉だけを返した。蕪城さんがどんな顔をしてるかなんて知らないし、知りたくもない。ただ、声のトーンで苛立っているのだけはわかった。
「昨日ユウジと二人で何話してたん?」
「……昨日?」
「休憩中ユウジと何か話してたやん。あれからユウジ何か様子変なんよ」
「別に何も。それにアイツが変なのは今に始まったことちゃうやろ」
「嘘つかんといて!苗字さんがユウジに変なこと言ったんちゃうの?ユウジ絶対に苗字さんのこと考えてた!何で…?何で私から何でも奪って行くん?ユウジは私のやん!私からユウジを奪わんといて!」
それは私がユウジと友達やめるって言ったからムカついてただけちゃうの?私の態度すごい感じ悪かったし。それに奪うって…。私何も奪ってないんやけど。私から親友を奪ったのはお前やろ。それはこっちのセリフじゃボケ。
「蕪城さん」
「…………」
「勝手に勘違いして嫉妬して、私に八つ当たりしないで」
バシャン。私の言葉の直後、蕪城さんがボトルの中のドリンクを私にぶっかけてきたのだ。何しやがるこの女。私のジャージがびしょ濡れじゃんか。いい加減にしないと私もグーパンチが出るぞ。
「勘違いとちゃう!苗字さんは全部私から奪っていくねん!」
そう言って蕪城さんは部室を飛び出した。取り残された私は零れたドリンクをじーっと見つめて立ち尽くした。
「全部って。私がアンタから何を奪ったってのよ…」
もうイライラする。ジャージも中のTシャツも濡れて冷たいし最悪。仕方なく投げつけられたボトルを拾おうとしたら、私が拾う前に誰かに拾われた。
「ひっでぇな。何もドリンクぶっかけることねーじゃんかよぃ、なぁ?」
そこにいたのはブン太だった。いつの間に、そんなことを思ったが聞くのが面倒だったからやめた。ドリンクで濡れた私を見てブン太は「悪くねぇな」と呟く。ふざけんな、と雑巾を投げてやる。
「わっ、お前汚ぇ雑巾投げんじゃねーよ馬鹿」
「何で私がドリンクかけられなきゃいけないのよ!」
「俺に言われても困る」
「役立たず」
八つ当たりもいいとこだ。ブン太は悪くないんだけど。するとブン太は自分が来ていたジャージを脱ぐと私の肩にかけた。
「何これ」
「俺のジャージ」
「見たらわかるし」
「着とけって。濡れたままはキツイだろぃ?」
「でかすぎ」
「お前が小さすぎんじゃね?」
「しかもタバコ臭い…」
ブン太のジャージのポケットを漁ると案の定タバコが出てきた。やっぱコイツ吸ってやがった。ブン太は「真田には言うなよ」と口元に人差し指を立てる。スポーツマンがタバコ吸っていいのかよ。いやそれ以前に高校生がタバコ吸っちゃダメなのにー。この不良め。とか言いながらジャージはありがたく借りるけど。
「うわっ、立海のジャージ着とるから誰かと思いましたわ」
「これブン太の」
「どないしたんですか」
「ドリンクこぼした」
財前は「ダサー」と呟く。災難やなぁ、とか大丈夫?とかいう心配はないらしい。まじドライアイス野郎。これでも私はあの女を庇ってやってるんだ。感謝しろ蕪城。まあホントは誰かに言うと負けた気がするから言いたくないだけなんだけどね。思い出すとイラついてきたから私は財前にタオルを渡すのではなく投げつけてやる。続いてタオルを要求してきた謙也と白石が「そのジャージどないしたん?」と聞いてきた。またその質問かよ。答えるのが面倒やからテキトーに流して次の人にニコニコプリティースマイルでタオルを渡す。その人物の顔を見た瞬間私の笑顔が消えた。
「………人選ミス」
「ええから早うタオルよこせ」
半ば強引に奪い取るようにタオルを受け取ったのはユウジだった。だいぶイラついてるみたいです。すごい睨まれるし。負けじと私も睨み返す。
「ちゅーかそのジャージ何なん?」
「一氏に関係ない」
もう友達ちゃいますアピールで一氏とか言ってみる。そしたらユウジは心底うざそうに「あっそ」と返した。
「どうせ大好きな丸井のやろ?似合うとるで。そのまま立海に転校せぇや。お前の顔とかもう見たないわ」
「ちょ、ユウくん言い過ぎやで!」
小春が間に入るけどユウジは何食わぬ顔で続けた。
「ええねん。俺もうコイツと友達やめたから」
そう言ってユウジは私に背を向けて歩き出した。ユウジの後を蕪城さんが追っていく。何?大好きな丸井って。私ブン太が好きだなんて一言も言うてへんし。勘違い野郎。まじ死ね。白石が「お前ら何かあったん?」と心配してくれたけど、ユウジが今言うた通りだと返せば、白石はため息をついて「早う仲直りしろ」と言うてきた。仲直り?無理だよ。もう友達やないんやから。するとブン太がガムを膨らましながら歩いてきて私の頭を撫でた。慰めに来てくれたのかな?そう思ってブン太の顔を見たら笑顔でこう言った。
「俺、遠距離とか嫌だし、お前まじで立海に転校すれば?」
頭かち割んぞコラァ。
「友は大事にすべきだ。困難にぶち当たった時、支えてくれるのは友なのだからな」
「あー…うん」
真田は長々と私に友情について語っている。正直どうでもいいし疲れる。私早く部室行ってスコアシート取りに行かなきゃいけないんだけどなぁ。
「お前にとって一氏は大切な友ではないのか?」
「…さぁ?」
「お前がちゃんと正面から向き合えば、一氏もわかってくれるはずだ。勇気を出せ」
「うん、あのさ、すごくありがたいんだけど、」
何で私は真田に勇気づけられてんの?てか真田に慰められるって私何なのよ。そしてまだまだ真田の話が終わりそうにないので私はこっそりと姿を消す。そして私は部室に向かう。蕪城さんはどっか行ったユウジを追いかけたまま帰ってこないから蕪城さんの分の仕事までしなくちゃいけない。ドリンクぶっかけられたってのに代わりに仕事までしてやるって私どんだけ優しいのよ。まじ誰か褒めて。とかブツブツ言いながら部室のドアを開けたら見たくないものを見てしまった。
「…………あ」
「…!」
「苗字さん…」
ユウジと蕪城さんがキスしてた。まさに昨日の私とブン太。私は心臓が握り潰されるみたいに苦しかった。昨日のユウジはどんな気持ちで私たちを見ていたのだろうか。まあユウジには蕪城さんがおるし何とも思わないだろうけど。痛いのはいつも私だけだ。なのに、まだユウジのことが好きとか。私って健気だねー。
「場所考えれば?あと蕪城さん仕事して。イチャつくなら部活終わってからにしてよ」
私は精一杯平然を装った。だいぶ声が震えたけど。場所考えれば?という私のセリフに関しては、私も人のこと言えないけどさ。お前ら部室でしかも部活中に何してんのって。私はさっさと机の上のスコアシートを取って部室を後にする。うわ…もう何かショック。見たくなかったなぁ、ユウジと蕪城さんがキスしてるとこなんて。ちょっと泣きそう。その時だった。
「名前っ…!」
いきなり部活から飛び出してきたユウジは物凄い血相で走ってくる。え、何?何か追いかけてきたんだけど。とりあえず私も走って逃げる。コートの横をそのまま通りすぎたら白石に「お前らどこ行くねん!コート行きすぎてるで!鬼ごっこなら部活終わってからにせぇや!」と怒られた。いや違うんだ白石。私だって何が楽しくてユウジと鬼ごっこなんかしているのかわからんのだ。別にしたくてしてるわけやない。
「待てや名前…!」
「む、無理!こっち来ないで!」
「せやから逃げんな!」
「ほな追いかけて来んな!」
「お前が逃げるからやろ!」
そもそも追いかけて来たのはユウジの方だ。学校中駆け回る私たちはただの馬鹿だ。外周してる陸上部よりも速く走ってた自信がある。だけどもう足の限界。大体、体力でユウジに勝てるわけがないのに。
「待て言うとるやろ…っ!」
「やっ、離してっ…んっ!?」
私は裏庭で呆気なくユウジに捕まった。きつく腕を掴まれて、振り払おうにもそれが出来ない。そしたら急にユウジが私の肩を抱き寄せてキスしてきた。私は一瞬、何がどうなったのかわからなかった。ようやく状況を理解して私はユウジを押し返そうとするけど力でユウジに敵わない。私は最終手段としてユウジを蹴飛ばした。
「い"っ…!?」
「…っはぁ、何すんのよ!」
ようやくユウジと離れて私は自分の唇を手の甲で拭う。その間にも私の涙は止まらなかった。
「蕪城さんとキスした汚い唇で私に触れないで!」
「名前…」
「何!?こっち来ないでってば!アンタ何考えてんの?私たち友達やめたんやろ?なら何で昨日うちに来たりしたん?何でキスしたりするん?アンタの彼女は蕪城さんやろ!」
「…俺にもようわからん!ただムカつくねん!お前見てると!」
「意味わかんない!ムカつくからキスしたりするん?アンタ最低!あほ!死ね!」
キチガイみたいに叫んだ私は散々怒鳴り散らして走り去った。ユウジはそれ以上追ってこなかった。もうわけわからん。ユウジが追いかけて来た理由も、キスした理由も。いくら好きな人からのキスでも私を見てくれないんじゃキスされたって嬉しくない。
ねぇ、お願いだから。
意味もなく期待させないで