あーあかん。立ち直れへん。数分前、ユウジに言うたことをすべて後悔した。何してんのやろ私。自分からユウジを遠ざけたりなんかして。今頃、蕪城さんが勝ち誇った顔で笑っているに違いない。ちくしょー。
「何や名前ひどい顔しとるで」
「名前はん、何かあったんか?」
「……あ、銀」
「おい俺の名前も呼べや!」
ぼーっとしながらベンチに座っていたら試合が終わったのか知らんけど銀と謙也がやって来た。謙也はいちいちうるさいねん。無視、無視。
「銀、私から煩悩を消し去ってくれ頼む」
「いや自分の煩悩は自分で消し去れや」
謙也に最もらしいことを言われてイライラしていたら後ろからずしりと重みが。微かにグリーンアップルの匂いがして振り返ってみたら、その香りの原因であろうガムを噛んでいた男が膨らましたガムを私の唇に押し付けてきた。
「…………」
「名前の間接キスGET!」
更に私を苛立たせた丸井ブン太は馬鹿みたいに笑って「どう?きゅんとした?」とか意味のわからないことを聞いてきた。殴りたい。
「……うっざ。しかも汚い」
「んだと、俺はうざくもないし汚くもない。ただのカッコイイ高校生さ」
「何なのよそのキャラ。背景キラキラさせんな」
「惚れた?」
「アンタ前会った時からうざいとは思ってたけど、更にうざくなったね」
「そう?俺は前会った時からお前のこと可愛いと思ってたけど、更に可愛くなったな」
「ありがとう。今、好感度上がったよおめでとう」
「まじ?よっしゃ」
よっしゃ、って言うわりにあんまり嬉しそうじゃないけど。すげー棒読みだけど。まあいいや。てかコイツ何しに来たの?邪魔なんだけど。しかも何かコイツたばこ臭い。
「俺さ次試合だから応援して」
「は?ヤダ」
「応援してくれたらデートしてやるからさ」
「尚更イヤなんですけど」
ブン太は「つまんねー」なんて言いながらまたガムを膨らませる。もうどっか行け。お前がつまらなくても私はつまってんだよ、いろいろと。
「じゃあさ俺が試合で勝ったら、このあと練習試合終わったら大坂案内して」
「は?何で?帰れよ神奈川に」
「泊まりだし。それに明日も練習試合」
「…………」
あ、そうだった。私も明日また来なきゃいけないんだった。え、ってことはまたユウジと顔合わせなきゃいけないの?嫌なんですけど。
「なぁ、いい?たこ焼きが食いたいんだけど」
「あーはいはい、わかったから早う行ってきて」
「さすが名前!ジャッカルー!次の試合頑張ろうぜぃ!…え?俺シングル?えー俺シングル嫌なんだけど。代わりにジャッカルやれよ」
最初はしゃいでたくせに自分がシングルなのだと知り、文句を言いながらコートに向かっていったブン太。それを見送っていたジャッカルくんが私に「ごめんな」と謝ってきた。彼も苦労しているな。
「ねぇ何で私たち手ぇ繋いでんの?」
「俺が迷子にならないように」
「お前は幼稚園児か」
「まあ、いいじゃん」
今日の練習試合が終わって、結局シングルの試合で勝ってしまったブン太と街中を歩いている。なぜか左手はブン太の右手に掴まれたまま。何でコイツと手なんか繋いで歩かなきゃあかんのやろとか考えていたらいつの間にかたこ焼き屋の前にいた。
「俺本場のたこ焼き食いたかったんだよなー」
「別に私と来なくても良かったんちゃうの?仁王とか赤也クンとかおるやん」
「何で男とデートしなきゃなんねーんだよ」
「デートなの?これ」
「そ。だからたこ焼き食わせて」
あーん、と馬鹿みたいに口を開けるブン太にたこ焼きを食わせてやる。ちなみに焼きたてだから熱いと思う。
「熱っ!?」
ほら、やっぱり。
「お前さぁ、フーって冷ましてやるとか可愛いことしてくれねーわけ?」
「残念。私可愛いのは顔だけやねん」
「俺お前のそういうとこ嫌いじゃねぇよ」
「ありがとう私もブン太のこと嫌いやないで。うざいけど」
「まじ?なら付き合う?」
「何でそうなんの?」
コイツと話すと疲れる。会話が成り立たないから。とりあえず私早く帰りたいからさっさとたこ焼き食べて。
「は?帰るとか言うなよ。寂しいじゃん俺が」
「アンタのこととか知らないんやけど。私もう帰る」
「あ、おい!ちょっと待てよぃ!」
私の後をブン太が追いかけて来る。自分のホテルに帰って立海の馬鹿どもと枕投げでもしたら?って言うてもブン太は「その内なー」なんて返して私の隣を歩く。どうやら家まで送ってくれるらしい。
「…………」
「…………」
住宅街を歩いている間しばらく無言だった。ブン太がガムを噛んでいる音だけがクチャクチャと聞こえてて、だいぶイライラしてきた頃にブン太が口を開いた。
「…なぁ、」
「なに?」
「名前って一氏が好きなの?」
「何で?」
「お前、今日ずっと一氏のこと見てたから」
コイツ案外鋭いんだなって思った。私がわかりやすいだけかもしれないけど。
「そうだよ好きだよ。でもアイツ彼女いるし私の一方通行」
「えっ、一氏って彼女いるの?」
「もう一人のマネージャー」
「あぁ、アイツか…」
「それにもういいの。私アイツと友達やめたから…あ、私ん家ここ」
気付けば私の家に着いていた。ブン太は私の家を見上げて「へぇー」なんて言う。どういう意味で「へぇー」と言ったのか良くわからないけど。とりあえず玄関の鍵を開けて「はいさようなら」と言おうとした瞬間、ブン太に腕を掴まれた。え。何?ねぇ何さりげなく人ん家に入っちゃってんの?
「名前、」
「…?」
「俺と付き合えば?」
コイツは何を思ってこんなことを言うたんやろか?一瞬ぽかんとしてしまった。玄関で二人見つめ合う。何これ。
「は?急過ぎやろ」
「急に付き合いたくなった」
「意味わかんな」
「意味わかれよぃ」
「何の冗談よ」
「冗談じゃねーって。名前可愛いし?嫌いじゃねーからお前のこと」
「嫌いじゃないから付き合うん?」
「そうだけど?」
チャラ。見た目からしてチャラいけど、まさかここまでだったとは。コイツ顔さえ良ければそれでいいんだろう。私可愛いしね。
「小春のことは?嫌い?」
「嫌いじゃない」
「ほな小春とも付き合えるん?」
「いや、そこは対象外だろぃ」
ブン太は苦笑い。えーでも小春だって一応女の子だ。心は。可愛けりゃええんやろ?小春だって可愛いやんか、心は。
「俺はお前と付き合いてーの」
「そんなに私が好きか」
「普通に好き。けどぶっちゃけそこまでではない」
「ならさっさと帰りな」
「なら帰る前に一発ヤらせて」
「その前に一発殴らせて」
「最近溜まってんだよぃ」
「キモい死んで」
「とりあえずどうする?付き合う?」
「とりあえずの意味がわからんのやけど。その冗談まじで笑えないし」
そう言うとブン太は私の肩を少しだけ強く押した。そして私の体は大きく傾いて玄関があってすぐの廊下に尻餅をつく。痛い、そう言おうとしたら私の上にブン太が覆い被さるように跨がってきたから絶句した。
「だから冗談じゃねーって」
「いやいや、おかしいってこれ」
「俺可愛い彼女がほしいんだよぃ」
「ほな私やなくてもええやん」
「だからお前超タイプなんだって」
「退いて」
「だからキスしていい?」
「だからの使い方間違ってるけど」
「うるせー少し黙ってろ」
そう言ってブン太は強引に私の口を塞いだ。うわ最悪。初ちゅーだったのに。付き合ってもいない男に奪われたのか。千歳でもしなかったよ。てかコイツ私がユウジのこと好きだって知ってんじゃん。しかも玄関先で私たち何してんの?お母さん帰ってきたらどうすんのよ。なんて心配は一応してるけど、この私の落ち着きは何だ。落ち着きって言うか、たぶん開き直ってるだけ。ユウジとうまくいかないから、もうどうでもいいやって投げやりになってるだけ。終わってんな私。そんなことをブン太にキスされながら思っていた。すると玄関のドアが急に開いて、視線だけを向ければそこにはユウジがいた。えっ、嘘…。
「………すまん。邪魔したな」
それだけ言ってユウジは去っていった。私はなぜか焦っていた。私が誰とキスしてようがユウジは痛くも痒くもないのに。そして私は呑気なことにアイツの人ん家に勝手に入る習性をどうにかしなければなんて思っていた。
てかアイツ何しに来たのよ