「なぁ、昨日どこ行っとったん?」

「あ?」

「家行っても誰もおらんかった」


わざわざ私の教室まで来てそんなことを聞いてくるユウジは余程暇なのか、それとも馬鹿なのか。私はその両方だと思う。昨日ユウジは私の家に行ったらしい。当然、私は財前の家にいたからいない。


「てか、アンタ邪魔」

「どこ行ってたか言うたら避けたる」

「貴様に言う必要はない」

「言え」


教室のドアの前に立ちはだかって、私の進路の妨害をするユウジ。うざいし邪魔。しかも後ろが詰まってますけど。私の後ろに行列が出来てる。私はユウジのヘアバンドを掴み、目の位置まで下げてやる。その隙に私はユウジの横をすり抜ける。


「退けて次の授業体育なの」

「何すんねん前見えへんやろ!」


そんなユウジを放って私は更衣室に向かった。先に更衣室にいた1組の女子が蕪城さんとユウジの話をしていたから腹が立ってロッカーを蹴り飛ばしたら、また私のクラスの委員長に「物を乱暴に扱わないで!」なんて怒られた。うるさいのよブス。






「うぉぉぉ!浪速のスピードスターっちゅう話や!」


体育で女子はバレーだった。男子はバスケ。私は参加もせずに体育館の端で謙也が物凄いスピードでバスケットゴールにシュートを決めた瞬間を見ていた。さすがスピードスター。でもドヤ顔してんのが腹立つ。


「…………」

「名前、」


ふいに目の前が暗くなった。上から私を呼ぶ声がして、見上げてみるとそこには千歳がいた。ニコニコと笑いながら私を見下ろすコイツはお気楽でいいなぁ、なんて思ったりして。そんな千歳とは対照的に私は絶賛不機嫌中。


「何?」

「バレーやらんと?」

「やらん。委員長と同じチームとかヤダ」


そんな愚痴を千歳は笑って聞く。白石とかならそんなこと言うたらあかんって言うけど千歳は言わない。笑って私の話を黙って聞くだけ。私の愚直なんて聞いても面白くないのに。千歳って変わってる。


「千歳は?バスケやらんの?」


さっきまで楽しそうに白石と謙也とバスケしてたのに。いきなり抜け出してこっちに来た意味がわからない。


「名前がここにおったからばい」

「え?」

「そげんムッとした顔しとう。気になって来たと」

「え、私顔に出てたの」

「名前はすぐに顔に出るばい」


千歳はまた笑って私の隣に腰を下ろす。その途端に1組の男子の方から「千歳サボんなー」なんていう声がした。それなのに千歳は彼らに謝って私の隣にいる。


「私大丈夫やから行ってええよ」

「別によか」

「………」

「………」

「………」

「ユウジと何かあったと?」


千歳が少しだけ遠慮がちに尋ねてきた。私の不機嫌=ユウジと何かあった、という思考はテニス部全員に共通しているようだ。別にそういうわけじゃないのに。まあ今回は完全にユウジのせいだけど。


「別に何かあったわけやない。ただユウジがムカつくだけ」

「蕪城さんと付き合うたから?」

「………うん」


仕方ないことなのはわかってる。ユウジが蕪城さんを好きになっただけで、私は好きになってもらえなかった。ただそれだけなのに。ネットを越えない可愛らしいサーブを打つ蕪城さんがぶっちゃけ憎たらしい。でも羨ましい。


「私もあの乳がほしい」

「名前は小さくてもむぞらしか」

「そう?財前もないよりある方がいいって。しかもフラれた」

「フラれた?財前に告白したと?」

「ユウジが付き合うたなら私も彼氏作ればって財前が言うたから。ほな財前が付き合うてって言ったら断られた」


私わがままだから付き合うたら面倒臭そうって。酷くない?アンタの後輩。思ってても口に出すなよって。


「ははっ、財前らしいばい」

「そこ笑うとこちゃうよ」

「面倒臭がりな財前を選ぶのが間違っとうばい」

「ほな誰を選べばええねん」

「俺とか…?」

「は?」


思わず間抜けな顔をしてしまった。千歳を見ればどことなく真剣な顔をしている。何言うてんの。


「え。冗談?」

「ほんまたい。俺、前から名前の好いとったばい」

「………ええ!?」


何いきなり爆弾発言してんの。びっくりしたわ!思わず大きな声を出してしまったけど。


「ねえ本気で言うてんの?嘘やろ絶対嘘やろ」

「信じてくれん?」

「信じないし!」

「ほなキスでもしたら信じてくれると?」


はああ!?おかしいから。何で私千歳に翻弄されてんの。ねえちょっと顎掴まないで。キスする気満々でしょ。


「い、いい!キスしなくていい!」


私は千歳を押し返す。体育館の端で何しようとしてんだコイツ。千歳は至って冷静である。あーなんか疲れた。


「とりあえず千歳が本気ってのはわかったよ。でも千歳とは付き合わない」

「えー財前は良くて俺は良くないと?」

「だって私ユウジが好きなんやで。財前は私のこと好きやないから痛くも痒くもないけど、千歳はちゃうやん」


千歳の気持ちを利用してまで彼氏を作る気なんかない。そしたら千歳が目を細めて笑って私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「名前は優しかね」

「は?」

「けど俺は名前のそばにおれるなら利用されたって構わんばい」


何か千歳の優しさに泣きそうになった。でも私ここで千歳の手を取ってしまったら…。


「きっと千歳は後悔するよ。私と付き合うたこと」

「そげんことなか。なぁ、俺のこと利用して名前…」


好いとう、千歳がそう言って私の肩に頭を乗せた。消えてしまいそうな千歳の声。こんなに悲しい告白をされたのは初めてだ。それでも私は千歳を突き放すことはできなかった。最低な私。きっとこれから千歳をたくさん利用して、たくさん傷つけてしまう。わかっていても私は千歳に甘えることしかできなかった。それは私が、傷つきたくないからなの。


「ごめんね、千歳」


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