「………」


私は悩んでいた。この目の前の扉を開けようか開けずに逃げてしまおうか。男子バスケ部というプレートのついた部室の前で頭を抱えること15分。気分は最悪だ。
昼休みの【花宮ゲス事件】により、私のメンタルがやられたところで構いもせず半強制的にバスケ部のマネージャーに仕立て上げられた。あれこそ恐喝だと思う。あんなに花宮先輩まじ優しい!ヒーローみたい!と浮かれていた数時間前の自分を殴りたい。今となっては花宮先輩に尊敬の念などない。というか、ぶっちゃけ嫌いだ。そんな人と同じ部活でやって行くなんて無理だ。よし、逃げよう!それがいい!そう決め込んで振り向いて一歩踏み出そうとしたらドン、と壁にぶつかる。な、なんだ…?見上げるとこの世の悪の根源が私を見下ろしている。


「おい、どこ行くつもりだ。まさか逃げようとか考えてたわけじゃねぇよな?」

「ははっ、そんなまさかッ!」

「声、裏返ってるぞ」

「………」


おら、さっさと入れ。と無理やり部室に押し込められる。あああああ。地獄のゲートに通された。


「花宮、今日遅いじゃん…って、あれ?女子だ」


地獄ゲートを通って真っ先に視界に入った前髪の長い人が私を見て指を差す。ガムを膨らませて「どーしたの、その子」と首を傾げると、周りからもすごい視線を感じた。


「ほんとだ。女子だ」

「女子だな」

「あぁ、女子だな」

「女子…!?」

「うるせーぞ、ザキ」


ザキと呼ばれた人が「なんでだよ!」とキレているのを全員がスルー。私は花宮先輩に引きずられて部室の奥に投げられた。扱い酷っ。


「いかにもバカそうでいじり甲斐がありそうだからマネージャーにした」


視線が集まる中、花宮先輩は至って真顔で言う。そんな理由で私をマネージャーにしたのかこの人。他の先輩たちはこんな意味不明な理由でマネージャーを連れて来られて何も思わないのだろうか。するとガムの人が私に近づいてきてじーっと私の顔を見て「ふーん」と笑う。目が見えないからなんか怖い。


「花宮って面食い?」

「は?なに言ってんだ」

「ま、いいんじゃない?こんな男だらけのところに華があって」


頑張ってねん☆と軽い口調で言われる。名前を原先輩というらしい。すごい他人事だ。他には能面無表情の古橋先輩、ずっと寝てる瀬戸先輩、これといって特徴のないザキ先輩がバスケ部のレギュラーらしいけど、誰一人私がマネージャーになることに反対はしなかった。というか、どうでもいいんだと思う。しかも私が理不尽な花宮ワールドに引き込まれているのに見て見ぬ振りをするという他人事精神。


「反対するやつ居ないなら決まりだな」

「私の意見はガン無視ですか」

「お前の意見は聞いてねえ」

「………」

「なんだよ、その顔は。なんか言いたいことあんのかよ」


ムッとする私の膨らんだ頬を花宮先輩が強引に掴んだ。いひゃい、いひゃい!言葉にならない声でそう返せば舌打ちと同時に離された。言いたいこと?それならめちゃくちゃある。


「めんどくせぇから二つだけ聞いてやる」


偉そうにベンチに座る花宮先輩は長い足を見せつけるように足を組んで私を見る。こうして見ると本当にムカつく表情をしてる。どうして私はこの猫かぶり先輩に気づかなかったんだろう。


「では言わせてもらいますけど、私のお弁当の唐揚げ食べました!?」

「ブフッwww」

「おい今言うことかそれは。てか、原なに笑ってんだよ」

「ごめん、超ウケた」

「大事なことです!最後にとっておいたのに…!」

「味は悪くなかったぜ」


もういいだろ。はい残り一つ、と唐揚げの話はそこで強制終了させられる。私にとっては一大事だったのに。原先輩は何にツボったのか知らないけど終始笑っていた。


「あと、何で私がマネージャーなんですか納得できません!」

「だからお前がバカそうでいじり甲斐がありそうだからって先言ったろ。二度も言わせんな」


バカバカって私のことバカ呼ばわり。私だってこの学校に合格したくらいだからそれなりに頭だって良い、はず!…たぶん。


「第一それなら私じゃなくてもいいじゃないですか。バカそうな子ならその辺にいます。先輩の暇つぶしのために私を巻き込まないでください」

「ムカつくんだよ」

「え…?」

「お前みたいなバカでお人好しのいい子ちゃん見てると全部ぶっ壊してやりたくなるんだよ」

「どうして、そんなこと…」


スッと花宮先輩の目が細められて私を見下ろした。


「人の不幸は蜜の味、って言うだろ」


この人ほんとに最低だ。


「この部のマネージャーとか絶対嫌です。もうこうなったらバスケ部の監督に花宮先輩に騙されて入部させられたって直談判してきます」


乱暴に部室を出て行って職員室に向かった。「バスケ部の監督の先生はいらっしゃいますか?」「バスケ部の監督?それなら花宮が兼任してるぞ」って。はぁい?



「どうして私が出て行く前に言ってくれないんですかあああ」

「お前が勝手に言って勝手に出て行ったんだろうが」


部室に戻ると「監督は見つかったか?」とわざとらしく聞いてきた。くそ、バカにしやがって。確かに私の早とちりではあったが。言ってくれてもいいだろ。このゲス野郎。


「ふはっ、お前みたいなバカ当分見てて飽きねーわ」

「全然嬉しくないです」

「ま、俺が監督である以上お前に今更どうこう言う権利なんてねぇよ。精々、泣きながら働け」


そう言ってほくそ笑んでいる花宮先輩は私の頭の上に手を置いてぐるぐると回している。それを無理矢理振り払って花宮を睨んだらフン、と鼻で笑われた。


「おら、練習始めるぞ」


そう言ってさっさと部室を出て行く先輩たちに取り残された私は少しだけ泣きそうになった。この先やっていける気がしない。すると最後に出て行こうとしたザキ先輩が振り返って「あんまり気にしないほうがいいぞ。気にしたら負けだ」と言ってくれたので、この部の天使はザキ先輩だと判断した。これからはザキ先輩について行こうと思う。一生お供します!と親指を立てたら困った顔で苦笑いされたけど。


「おい、苗字さっさと来い。もたもたしてんじゃねぇぞ」

「うるさいなぁ、わかってますよ!」

「あァ?今なんつった?」

「喜んで行きますと言いました!」


これが悪童政権。

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