小さい頃によくテレビで見ていた愛と正義の美少女戦士も、ヒーローベルトひとつで強くなる仮面ライダーも、3分が限界の巨大変身ヒーローだって悪を倒す正義の味方。悪は倒され、正義は必ず勝つ。それがこの世の暗黙のルールだ。


私は今日、正義のヒーローに出会った




「だからさぁ〜、俺らチョー困ってんの。ね?俺らを助けると思ってさ」

「ほ、ほんとに無いんです!許してください!」


恐喝。
高校に入学して数日、昼休みの屋上で私はそれを見てしまった。気の弱そうな男の子、おそらく私と同じ新入生だろう。そんな彼を取り囲むように二年生がケラケラと不敵に笑っている。誰か先生を呼んで来よう、そう思って来た道を戻ろうとした、けど…


「無いわけねぇだろ。財布入ってんじゃん」

「あっ、それは…」

「ごちゃごちゃうるせぇな…っ!」


勝手に彼の制服から財布を取り出した二年生たちは愉快に笑っている。取り返そうと手を伸ばすと彼の顔面めがけて拳が振り下ろされた。あーもう。見てられない。これは人を呼んでる場合じゃないな、と思った私は何を思ったか前に飛び出していた。


「あ、あの…!」

「あァ?」


ヒィッ!めっちゃ睨まれた。咄嗟に出てきちゃったけど私に何が出来るんだ。や、はっきり言おう。何もできない!!内心泣きそうな私に気づいた二年生の男子たちは「なんだ女子か」と鼻で笑う。


「どーしたの?俺ら今忙しいんだよね」

「それ、返してあげて…ください」

「は?」

「そういうの、良くないと思います」


震える声を絞り出すように言うと私の目の前の人が大声で笑いだした。どうした頭打ったか?


「なにそれウケんだけど。つか、お人好しにも程かあるっしょ。バカ通り越してむしろ可愛いんだけど」

「え?あの…」

「俺こういう子好きだよ。顔も可愛いし、まあ可愛さに免じてやるけど」


なんだこの展開は。貶されたのか褒められたのか、はたまた両方か。まあ何にせよ私の可愛さに免じてくれると言うのでよかった。そこの恐喝された少年、私が可愛くてよかったな。私もこれで美少女戦士かな、うふふ…なんて脳内ハッピー野郎。すると二年生の人がニヤリと笑って私の肩に腕を回す。えっ、なに?


「そのかわりさ、」

「…?」

「次の授業サボって俺らとどっか行こう?」


どお?っと首を傾げて私の様子を伺っている。や、無理だよ。入学早々授業をサボるなんて私にはそんな勇気はない。私、授業は聞いてないけど授業にはちゃんと出てるいい子ちゃんなんです。そんな心の内を話すことができず黙り込む。私が断ると少年のお財布が南無阿弥陀仏してしまう。だからってこんなヤンキー集団とサボタージュして遊びに行くなんて、無理だ。メンタル的に無理だ!!!少年、そんな目で私を見ないでくれ。どうしよう…、究極の選択を強いられてまたしても泣きそうになった。その時だった。ガチャ、と屋上の扉が開く音がして視線が一斉にそこに集まる。


「…花宮じゃん」


そこに居たのは一人の男子生徒。上靴の色からしてこの人も先輩だろう。この人たちの仲間だったらどうしようと焦っていたが、私の肩に未だに腕を回している先輩が少しだけ嫌な顔をしていたから仲間ではないのだと思う。それにしても凄い眉毛だな。花宮、そう呼ばれた先輩は「さっき先生がこっちに来るのが見えたよ」と言う。それを聞いて慌てて屋上を出て行ったヤンキー集団を見て花宮先輩とやらは鼻で笑った。


「大丈夫だった?」

「えっ?あ、はい。ありがとうございます」

「俺は何もしてないけどね」


まあ何もされてないならよかった、と爽やかに笑う。正確には私の後ろにいる少年は殴られたんだけど。そこは触れないことにする。でもこの人が来なかったら今頃少年の財布が取られていたか私がヤンキー集団にめでたく加入ルートだった。


「で、あの…先生は?」

「あぁ、あれは嘘だよ」

「嘘?」

「ああでも言わなきゃあいつら立ち去らないだろう?」


さっきは何もしてない、と謙遜していたけど、私たちを助けようとしてくれて嘘をついてくれたんだ。なんて優しい先輩なんだ。こういう人を正義のヒーローと言うのだろう。制服のネームを見たら【花宮真】と書いてある。真かぁ…。名前通りの誠実そうな人だ。


これがヒーロー花宮との出会いだった。


「あ、あの…ありがとうございました!」

「あぁ、気にしなくていいよ」

「苗字さんも、本当にありがとう。巻き込んじゃってごめんね、」

「え?あ、うん大丈夫だよ…てか、私の名前」


すっかり少年を忘れてた。というか、なぜ私の名前を知ってるのかね。首を傾げると「同じクラスだよ」とぎこちなく笑った。あぁ、なるほど。ごめんね、全然知らなかった。少年、改めてクラスメイトの藤田くんとよろしくしたところで彼は再び頭を下げて教室に戻っていった。本来、私はここでお昼ご飯を食べようとしていたのだ。憧れの屋上に来て見たかったという浅はかな理由で来たら、まさかこんなことになるとは思わなかったけど。


「あ、もしかして花宮先輩も屋上で昼食を…?だったら私、邪魔ですよね」

「あぁ、いいよ。よかったら一緒に食べようか?」


はい喜んで!と浮かれながら花宮先輩の隣に腰を下ろす。わあ、花宮先輩いい人だなあ。よかった、こんな先輩がこの学校にいてくれて。ありがとう、神様。


「それにしても災難だったね、入学早々たちの悪い奴らに絡まれて」

「でも花宮先輩が来てくれて助かりました。ほんとに花宮先輩はヒーローです!」


大袈裟だよ、と花宮先輩は笑う。どんな仕草も様になるなぁ、と見ていると花宮先輩はニコリと微笑む。


「学校には馴染めそう?」

「はい、なんとか…まだ友達とかは全然出来てないんですけど」

「友達は自然にできてくるよ。部活とか始めたりするのもいいと思うけど。入る予定の部活とかないの?」

「う〜ん、何かやりたいとは思ってるんですけど…」


すると花宮先輩の目が光った。一瞬だけ見えた不敵な笑みはたぶん気のせい。


「だったらうちのマネージャーなんてどうかな?」

「マネージャー?」

「俺バスケ部なんだけど、今マネージャーが居ないし人手が足りなくて困ってるんだ」

「えっ、バスケ部って強豪校でしたよね?パンフレットに書いてあるの見ました!」


よくよく聞けば花宮先輩はバスケ部のキャプテンだとか。二年生なのに凄い。入学案内のパンフレットにもそういえば書いていた気がする。


「苗字さんがマネージャーとして入部してくれたら凄く助かるんだけど…」

「でも私バスケのルールとかよく知らないし強豪校なら尚更私足手まといになりそうで…」


だからごめんなさい、と頭を下げると花宮先輩は眉を八の字にして「そうか、」と困ったように笑った。


「あの…すみません、せっかく誘ってくれたのに」

「いいんだ、気にしないで。ただ、苗字さんなら力になってくれると思ったんだ」

「え?」

「自分の危険を顧みずに他人を助ける、その勇気と優しさに俺は感心したよ。だから君にうちの部を支えて欲しいと思った」


でも君が嫌だと言うなら仕方ないね、と儚げに笑う。やめて、そんな悲しい顔をしないで。うぅ…、このまま断るのは心が痛い。これはもしかして、私必要とされてるのかな?そこまで言ってくれるなら…


「や、やっぱりやります!」

「え…」

「マネージャー、私にやらせてください!」


言ってしまった。この判断が正しいか、間違ってるのかわからない。でも力になりたい、そう思った。


「本当…?助かるよ、ありがとう!」


花宮先輩も喜んでくれてることだし良かったんだと思う。なら早速…とブレザーのポケットから白いプリントが出てきた。入部届け、と書かれたそれを私に渡す。この人、常々入部届けを持ち歩いてるのか。私は言われるがままに名前の欄に苗字名前と記入する。


「これでいいですか?」

「あぁ、ありがとう。嬉しいよ、苗字さんがうちの部に入ってくれて…ククッ…ふはっ」

「花宮、先輩…?」


そんなにマネージャーが出来て嬉しかったのか、花宮先輩は俯いて奇妙な笑い声で笑い出した。何か変なものでも食べたのかな?心配になって花宮先輩の顔を覗き込もうとしたら、勢い良く顔をあげて不敵な笑みを見せた。


「…なんて言うわけねぇだろバァカ!」

「…えっ」


誰だ。目の前の花宮先輩が別人に見える。さっきの爽やかな笑顔を見せていた花宮先輩は何処へ。驚きのあまり片手に持っていたトマトが刺さったフォークを落としてしまった。


「な、何か乗り移っちゃったんですか!?すみません私、除霊とかできないです!」

「バカか、てめーは」

「ああああ花宮先輩が悪魔に取り憑かれた…!」

「おい、騒ぐなうるせぇ」


ガシッ。花宮先輩が慌てた私の頭を鷲掴みにする。そこに私の尊敬すべき花宮先輩の面影などない。


「お前、お人好しも大概にしたほうがいいぞ。だからこんな風に騙されるんだよ」

「騙される…?私、騙されたんですか!?」

「はぁ?そのことに気づいてねぇのかよ、ほんとバカだな」


ちょっといい顔しただけで簡単に俺のこと優しい先輩だって思っただろ、と鼻で笑う花宮先輩。な、なに…!?あれは演技だったってこと?悪魔だ、サタン様だ…。


「どうして、わざわざそんなこと…」

「お前をマネージャーにしてこき使うためだろ」

「や、やっぱりマネージャーはなかったことに」

「するわけねぇだろ。安心しろ、嫌というほどこき使ってやるから」


花宮先輩は立ち上がり、私の書いた入部届けをヒラヒラさせながら屋上のドアの方へ歩いていく。


「今日の放課後、バスケ部の部室。来ないとどうなるかわかってんだろうなァ?」

「ひぇぇぇ…私のヒーローのような花宮先輩はどこに行ってしまったんですか…」


はァ?ヒーロー?花宮先輩が立ち止まって振り返る。嘲笑うかのように私を見ると一言言った。


「ヒーローなんかとっくに死んでんだよ」


バァカ、と最後に残した言葉は虚しく空気に溶けていった。ひとり屋上に残された私はお弁当に視線を向ける。あ、最後にとっておいた大好きな唐揚げがない。



その日、ヒーローが死んだ

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