「最近雨ばっかだよねー」
「まじつまんないし」
教室からポツリポツリと聞こえてくる声。窓の外を見ると同じようにポツリと雨が降っていた。クラスメイトの声に同意するようにわたしは心の中でつぶやく。つまらない、と。
黄瀬くんと関わることがなくなった今、わたしは前の日常に戻った。誰とも関わることなくひとりで過ごしている。わたしの日常に黄瀬くんがいなくなっただけだ。少し前の自分に戻っただけだ。それだけ。それだけなのに、わたしの心はポッカリ穴が空いたみたいに虚しかった。自分から突き放したくせに。
昼休み、気がつくとわたしは「立ち入り禁止」と書かれた紙が貼ってある屋上の扉の前にいた。鍵が壊れてるから簡単に入れるんだ、といつだか黄瀬くんが言っていたっけ。最近は黄瀬くんとお昼を一緒に食べていたからその習慣で今日も来てしまった。
「オレの秘密のスポットッス!」
「わたしに言ったら秘密じゃなくなっちゃうよ」
「名前っちは特別ッス!」
そう言って笑ってくれた黄瀬くんはもう隣に居ない。もう黄瀬くんと一緒にご飯を食べることはないのに。何やってるんだろうわたし。錆び付いたドアを少しだけ押すとその隙間からどんよりとした空が見えた。そうだ、今日は雨だったんだ。わたしはそっとドアを閉めてうしろの階段に腰を下ろした。黄瀬くんはわたしと一緒にご飯を食べる前はどこでご飯を食べてたんだろう。先輩と食べてたのかな?それとも友達と食べてたのかな?いつも購買のパンばっかり食べてたけど、好きな食べものってあるのかな?って、わたし…
「全然、黄瀬くんのこと知らないじゃん」
誕生日も黄瀬くんの好きなもの嫌いなもの、一緒に帰っていながら黄瀬くんがどこに住んでるのかも知らない。あの時、黄瀬くんに偉そうなことを言っておきながらわたし自身、黄瀬くんの何を知っていたんだろう。
「…そうッスね。考えてみればオレ名前っちのこと何にも知らないッス。でも名前っちだって俺のこと知らないじゃん」
「名前っちっていつもそう。オレには関係ないって。そうやっていつもオレとどっか一線引いてて、肝心な時に頼ってくれない」
黄瀬くんの言う通りだ。でも少し違う。知らないんじゃない、知ろうとしなかった。知るのが怖かった。知ってもらうのが怖かった。だから黄瀬くんのことを知ろうとしなかったし、わたしのことも知ってもらおうとしなかった。それでも黄瀬くんはそんなわたしのことを知ろうとしてくれてて、わたしが黄瀬くんを頼ってくるのを待っててくれた。それなのに私、自分のこと考えて逃げてばっかりだ。
「あー、もう最悪ッス!」
「!」
下校時間になって玄関に行くと、玄関先で頭を抱えてる黄瀬くんがいた。なぜかわたしは咄嗟に下駄箱の影に隠れてしまう。黄瀬くんが帰るまで、と思っていたが一向に帰る様子がない。すると一人の男子がやってきて「黄瀬!」と声をかけた。
「お前今日モデルの仕事あんじゃねーの?」
「そうなんスけど、傘なくて…」
「あー、俺の貸してやるって言いたいとこだけど俺の傘ぶっ壊れてんだよ悪いな」
「や、持って来なかったオレが悪いんスよ、ありがと」
誰かのパクれば?それは悪いッスよ。という会話をしてから黄瀬くんじゃない男子が「やべ、もうそろ部活だから行くわ」と行ってこっちに向かってくる。ど、どうしよう…。自分の手にある傘を見つめてからわたしは下駄箱の影から身を乗り出した。
「あ、あの…!」
「わっ!?びっくりした…」
「お、お願いがあるんですけど」
「…俺に?」
「黄瀬、」
「ん?あれ吉田くん部活は?」
これから仕事だって言うのにタイミング悪く傘を忘れて絶望していたオレを呼ぶ声に振り向くとさっきバイバイと言って別れた吉田くんがいた。部活はどうしたんだ。そんな疑問を余所に吉田くんはオレに折り畳み傘を差し出した。
「え?その傘どうしたんスか?」
「や、なんか、そこで女子が黄瀬に渡してって」
「だれ?」
「さぁ?名前は言わなかった。自分で渡せばって言ったんだけどいいって言うし…。黄瀬のファンじゃねーの?」
「じゃあその子どうやって帰ったの?」
「2本あるから大丈夫って言ってたけど」
「そう…ッスか」
「なんかすげー地味な子だった」
「………」
自分の名前も名乗らずに人に傘を渡すように頼んで帰ってしまう遠慮がちなオレのファンなんていただろうか。オレのファンなら接点を持とうと絶対に名前を言うはずだ。そんな地味で遠慮がちな女の子、オレはひとりしか知らない。
「…どこまでお人好しなんスか」
「え?どうした黄瀬?」
「なんでもないッス」
そっちから突き放したくせに。そんなオレにまだ優しくするって、ズルイッスよ。嬉しいのか、ムカついてるのか、わからない。だけど心は少しだけあったかくて、なぜか苦しかった。
「あーもう、何やってんだオレ…」