3時間目、体育。隣のクラスと合同のバレー。何でも出来てしまうオレからしてみればこんなのお遊びに過ぎない。大して面白くもない試合に飽き飽きしていた頃、体育館の半分でバスケをやってる女子の中に相変わらず地味な女子を見つけて一瞬どうしてここにいるんだという疑問が浮かんだが、そういえば他のクラスと合同だから名前っちがいて当然か、と今更ながらに思ったりして。
それにしてもジャージが全然似合わない人だ。チームの子たちに気づかれてないのかパスすら回って来ない彼女はただ呆然と立ち尽くすだけで何の役にも立っていない。
「名前っち〜!ファイトッス〜!」
体育館を半分に遮るネット越しに手を振ると女子が全員こっちを見る。「名前って誰?」とオレのクラスの女子たちが騒ぎ始めた。手を振られた本人はなぜかおどおどし始めて面白い。そんな挙動不審な彼女を見て笑っていたらいつの間にかオレたちの試合は終わっていた。
「じゃあ体育委員は倉庫にボール片付けといて」
授業の終わりを知らせるチャイムと共に生徒たちがバラけて更衣室に向かっていく。そんな中で名前っちが一人ボールの籠を持って体育館倉庫に行くのが見えた。
「名前っち体育委員なんスか?意外っスね〜」
「え、あ…これは頼まれたの。羽柴さん別の用があるみたいで」
「…羽柴?」
羽柴なら女バスだから顔はわかる。でもさっき「着替えたら購買いこー」って友達と話しながら更衣室に向かって行ったのを知ってる。
「それって頼まれたってか、押し付けられたんじゃないんスか?」
「あー…そうかもしれないね」
「そうかもしれないね、って。怒んないんスか?」
情けなく笑って「うん、気にしてないよ?」と呑気に言う名前っちに少しだけイライラした。オレは咄嗟に彼女の腕を掴んで距離を詰める。
「き、黄瀬くん…?」
「…オレは嫌ッス。そうやって名前っちの優しさに漬け込んで利用されてるのとか見ててムカつくッス」
「わたしこういう見た目だし、パシられても仕方ないよ」
「そうじゃなくて…!」
そうじゃなくてー…。なんなんだろう。オレこの言葉の続きを考えた。オレは何にイライラしてるんだろう。名前っちの優しさに漬け込んで利用してるやつにイラついてる?違う、それを快く引き受けちゃう名前っちがオレは許せないんだ。
「オレは誰にでも優しい名前っちにムカついてるんス…!」
「…っ!」
咄嗟に声を荒上げて、しまった…と思った。目の前の名前は肩をビクリと震わせて驚いた表情をしていた。
「あ、ごめん…オレ何言ってんだろ…。えっと…何ていうか、だからオレは、」
いろいろ言いたいことがあって言葉を繋げようとしてもオレの頭では難しかった。これじゃあオレがオレ以外の人にも優しい名前っちにヤキモチを妬いてるみたいだ。すると慌てて言葉を探すオレを見て名前っちは小さくクスリと笑った。
「黄瀬くんは優しいんだね」
「えっ」
「だって他人のわたしのことで怒ってくれて、庇ってくれて…黄瀬くんは優しいよ」
「…他人じゃないっス」
「…?」
「他人じゃなくて友達っス」
そう言ったらいつもは「友達じゃない」とか「黄瀬くんと仲良くするつもりなんてないから」なんて言う名前っちが今日は少しだけ嬉しそうに笑っていた。そのことを本人は気づいていないらしく「黄瀬くんって結構しつこいよね」なんて言うから思わず笑ってしまった。