「あ〜!名前っち、いたいた〜」
放課後、案の定彼女は図書室に居た。誰もいない図書室で彼女は今日も本を読んでいる。特に用があるわけじゃないけど、気がつけば彼女を探していて一緒にいるというのが最近の日常だ。とは言っても一方的にオレがくっついてるだけで彼女自身はオレと仲良くする気はないらしい。それならそれで俄然仲良くしたいと思うものだ。
「黄瀬くん、」
「ここにいると思ったんス」
「部活は?」
「オフ!そんで仕事もないから名前っちと一緒に帰ろうと思って!」
「えっ」
ぽかんとした顔で本からオレに視線を移したと思えば「でも、」と何か言いにくそうにまた視線を逸らす。
「でも?」
「他の子に見られたら…。黄瀬くんの隣を歩いてたら目立つし、わたしなんかが黄瀬くんと帰っても…」
「またわたしなんかっていう」
それ名前っちの悪い口癖っスよー?なんて言って彼女の手から本を取り上げる。
「オレは名前っちと一緒に帰りたいから誘ってるんス!」
「……」
「それともオレのこと嫌い?」
少しだけズルい質問をした。名前っちは優しいから「嫌い」だなんて思ってても絶対に言わない。それを知っててわざと聞いた。そうすれば彼女は嫌でも首を横に振るから。案の定、彼女は「嫌いじゃないよ」と答えた。
「だったら一緒に帰ろ?」
「えっ、あ…黄瀬くん!?」
半ば強引に名前っちの手を引いて、片手には彼女の鞄を持って図書室を出る。小さい歩幅の名前っちに合わせて歩くと慌てた彼女が手を離してと真っ赤な顔をして言うからなんだか可愛く思えた。
「名前っちでも、そんな可愛い反応するんスねー」
「か、からかわないでください!」
ごめん、ごめん。なんて悪びれもなく謝りながら玄関に向かう。その時、後ろから「苗字っ」と彼女の名前を呼ぶ声がした。
「…あ、田中くん」
田中くん?だれ?
振り返ると見知らぬ男子生徒がこっちに駆け寄ってくる。ちらり、と名前っちの隣にいるオレを見てからなんだか話にくそうに口を開いた。
「…えっと、黄瀬と付き合ってんの?」
「えっ、いや…違うよ」
「けど最近よく一緒にいるとこ見るし…」
「田中くんには関係ないでしょ」
その時、初めて名前っちの冷たく素っ気ない言葉を聞いた。普段おっとりふわふわしてる性格からかまったく想像つかない態度だったから一瞬驚いた。だけどその声は弱々しくて今にも消えてしまいそうなくらい儚いもので、オレには彼女が悲しい顔をしてるように見えた。おまけにこの二人がどういう関係なのか気になって仕方がない。
「…俺あの時のこと苗字に謝りたくて。名前がこんなふうになったのって俺のせいだろ?」
あの時?こんなふうって?なんだかオレの知らない話ばかりで面白くない。名前っちがオレ以外の人と話してるのなんて見たことないから少しだけ嫌な気分になった。名前っちと仲良く話せるのはオレだけのはずなのに。
「…田中くんのせいじゃないよ。これはわたしの問題だから。それに今の状態で満足してるの。こうやって地味に生きてるほうがわたしには合ってるみたい。だからもう謝らないで」
「………」
俯いてしまった彼をみた名前っちは黄瀬くん帰ろう、と言って歩き出す。慌てて彼女のあとを追って行ったが、途中気になって田中くんとやらを振り返ると情けない顔をして彼女を見つめていた。同じ男としてわかってしまった。彼が彼女を見つめる視線は恋なんだと。
「…………」
「名前っち?」
校門を出てから名前っちは終始俯いたままで、オレが呼ぶとハッとして顔を上げた。
「大丈夫っスか?」
「え、あ…うん」
「さっきの田中くん?あの人名前っちの友達?」
「…ううん、中学が同じだっただけ、だよ」
「それだけ?」
「…うん」
あれ?オレどうしてこんなに名前っちと田中くんのことが気になるんだろう。なぜかオレの中で焦りにも似た感情が渦巻いてる。なんでだ?
「でも、さっき謝って…」
「黄瀬くんには関係ないからっ!」
その時、名前っちの声が少しだけ大きくなった。途端にしまった、というような表情をして目をキョロキョロさせている。
「ご、ごめんね…」
「…や、別にいいんスけど、」
「…」
「どうしてそんな悲しい顔してるんスか?」
別にオレが何かしたわけでもないのに困った顔をする彼女を見て申し訳なくなった。それと同時にオレの知らない名前っちを田中くんが知ってるような気がしてなんだかむしゃくしゃした。