「名前っちー!」
「…っ!?」
廊下で見つけた三つ編みの少女に手を振るとこっちに気づいた彼女はハッとしてすぐに顔を逸らす。それでも諦めず彼女の元へと足を進めると勢いよく逃げられた。正直、女の子に逃げるなんて人生初だ。地味にヘコむ。
「それにしても完璧な地味さだ。ある意味尊敬する…」
隣にいた森山先輩が呑気に言う。森山先輩は昨日の図書室検証のことを知っている人物だから彼女のことも話した。それを他の生徒には口外するつもりはなくて、未だに不気味ちゃんが出ると信じてるけど。そんな彼女の話をちょうど今していたところだった。
「黄瀬の顔を見て逃げるとか照れ屋さんな友達だな」
「いや、それが友達っていうか…」
遡れば昨日の話。
「だったらオレがアンタの友達になるッス!」
「け、結構ですっ…!」
物語が始まった早々、この物語は終わろうとしていた。友達になろうと言った途端にこれだ。いきなり出鼻を挫かれる。え、即答なんスか?思わずポカンとして彼女を見てしまった。
「…え」
「黄瀬くんとは友達になりたくない…」
彼女はそう言って俯いてしまった。スカートをぎゅっと握ってなんだか泣いてしまいそうな感じだ。
「オレ何か怒らせるようなこと言ったッスかね?だったら謝りま」
「違うの…」
「……」
「信用できないの。怖いの。一人になるのが」
その言葉だけで彼女の考えてることは理解できなかった。怖い?一人って…今がその一人なんじゃないだろうか。だからオレはそんな一人の彼女と仲良くなりたいと思ったのに。
「大事だと思ってたものを失うのが怖いの。失って傷つくくらいなら最初から一人でいい」
「それは友達を失うのが怖いってことッスか?」
こくり、と小さく頷く。
「友達を必ず失うとは限らないッスよ。オレはずっと友達でいるッス!」
「…そんなの無理だよ。変わらないものなんてないんだから…」
この世のものは変わってしまう。良くも悪くも。人も、街も、世界も。それは彼女の言うことも間違いじゃないかもしれない。でもすべてが変わってしまうわけじゃない。
「変わらないものだってあるッスよ」
「…ないよ。いつかは変わっちゃう」
「だったらオレが証明してやるッス。変わらないものもあること」
「え…」
「そんでアンタがオレのこと友達だって認めてくれるまでしつこ〜く絡みに行くッスから!」
「えええ」
「だから覚悟してくださいよ?名前っち!」
「あ、なんで名前…」
「名札に書いてるッス。オレのことは涼太とか呼んでもいいッスよ?」
「や、私には関係ないから…!これからも黄瀬くんと仲良くするつもりもない、です…そういうことだから、失礼します!!!」
と、言い逃げされて現在に至る。むしろ完全に警戒されて声をかけるどころか近寄ることも出来てない。これじゃあ口先だけの男になる。
「だいたい、何でそんな子と友達になろうと思ったんだよ。お前ならもっといるだろ美女とかさぁ」
「ん〜、なんでッスかね?何と無く興味湧いたってのもあるけど、もっとちゃんとした理由がある気もするんスよ」
「自分でもわかんないのかよ。まぁ、とりあえず女の子紹介して」
「なんでそうなるんスか」
お決まりの先輩のセリフに苦笑いしながら廊下を進む。もう一度、反対方向に走って行ってしまった彼女を振り返ると遠くで小さく見える彼女がくるっと振り返って目が合った。