赤司征十郎に出来ないことはなかった。

赤司征十郎に手に入らないものはなかった。

赤司征十郎の言うことは絶対。

逆らう奴は許さない。






「やぁ、中島」

「あ、赤司君じゃん」


委員会が長引いてしまって帰るのが遅くなった。委員長を恨みながら玄関で靴を履き替えていると後ろから赤司君が現れた。いつも隣にいるやかましい女は今は居なくて「今帰るところかい?」と赤司君が言った。私がそれに頷けば「僕もだ」と彼は私の隣に並んだ。もしかして一緒に帰るの?


「名前はどうしたの?」

「あぁ、塾に行ったよ」

「…………はい?」

「塾に、行ったんだ…っ」

「そんな深刻そうに言わないで」


私は人類の破滅を感じた。あの馬鹿で面倒くさがりで馬鹿で馬鹿な名前が塾に行っただと…?一体なぜ?馬鹿すぎて親に勧められた?


「自分から親に頼んだみたいだよ。このままだと受験落ちるから塾に行きたいと言い出したらしい。何か変なものでも食べたんじゃないかって名前の親も心配してたよ」

「まじであいつ病気なんじゃないの?」


そうかもしれないな、なんて冗談交じりに笑っている赤司君に対して私は本当に名前が心配だ。どうしたんだいきなり塾に行くなんて…。受験まであと三ヶ月だぞ…?


「名前はどこ受ける気なの?」

「洛山だ」

「…………」


ごめん赤司君まじで言ってる?洛山って。赤司君が行く学校だよ?名前が行くの?行けるの?無理だろ。いや、待て、ちょっと待て。


「小学校のとき、国語の教科書忘れて授業始まる直前に田中君の教科書奪ってじゅげむじゅげむ全部覚えたのって…」

「名前だな」

「社会見学でトイレットペーパー工場行ったとき長々と説明された製造方法覚えて家で作ってたやつ誰だったっけ…」

「名前だな」

「学芸会で白雪姫の子休んだとき森の小鳥Bだったのに台本一発で丸暗記して代役でやったのって…」

「名前だな」

「………あいつチートじゃん!!!」


思えば昔から名前の記憶力はズバ抜けて凄かった。と言っても興味の持ったことと追い込まれた時にしか発揮されないので普段は究極のポンコツだが。ただ覚醒したときの名前はまじで強い。ということはまじで洛山も行けるんじゃないの?


「まあ、何にせよ僕は見守ることしかできないからね。あとは名前次第だな」


そういう赤司君は名前のことを思って優しい笑った。きっと他の人の前でこんな笑顔は滅多に見せない。名前という存在がどれだけ赤司君に大きな影響を与えているのか本人は知らないだろう。


「そういえば中島とふたりで帰るのは随分久しぶりだな。これで二回目だ」

「言われてみればそんなことあったね。私あの時まで赤司君のこと嫌いだったわ」

「奇遇だね僕も中島が嫌いだった」



そう、これは私たちが小学5年生の頃の話だ。


「うちのクラスに転校してきた中島」

「………」

「………」

「で、こっちが征十郎。私の幼馴染」

「………」

「………」


私がこの二人と出会ったのは小学5年生の夏。転校してきた私は名前と同じクラスで、休み時間になるたびにしつこく話しかけてくるから「うざい」と言ったら面白がられて勝手に友達にされたのが始まりだった。名前によって紹介されたものの、お互い表情ひとつ変えずに見つめ合う。目の前にいる無愛想な赤司征十郎という男が直感で苦手だと思った。おそらく向こうも同じことを思っていただろう。なぜなら私は自分にそっくりな赤司君に同族嫌悪のような感情を抱いていたからだ。子供のくせにやけに大人びていて、自分は他とは違う、もう大人なのだと意地を張る姿が自分にそっくりだった。ただ、彼の家庭環境など後から知って、私と彼はまた少し違っていて、彼は大人ぶっていたのではなく大人にならなけらばいけなかったのかもしれないと今になっては思う。




「名前、帰ろう」


別の日、赤司君が教室までやってきて、名前がランドセルを背負うと私の腕を引いて歩き出した。


「中島もいるよ〜」

「ちょっと、名前。なに勝手に…」

「どうして?俺は名前と二人で帰る」

「だって中島こんなやつだから友達全然できないし私たちと帰る方向一緒だから」


そう言うと見る見るうちに眉間にシワを寄せた赤司君は私を邪険に扱うように睨む。その時、私の中で彼の印象が少し変わった。

まるでおもちゃを取り上げられた子供みたい。



「中島、髪伸ばしなよ。ロン毛のほうが似合うよ絶対」

「邪魔になるからヤダ。てかロン毛とか言うなよもっと可愛い言い方ないの?」


それから私たちは3人で帰るようになった。だが私と赤司君が会話をすることはなく、名前と私が話していれば彼は私を殺す勢いで睨んでいた。


「征十郎、今日もバイオリンのレッスン?」

「そうだよ」

「えー、またー?じゃあ今日も遊べないのー?」

「すまない。でも明日は遊べるよ」

「じゃあ明日は絶対に遊ぼうね!」

「あぁ、約束しよう」


そして楽しそうに話す二人を見て気づいたことがあった。赤司君は名前の前だととびきり優しい顔で笑うのだ。いつも石みたいに硬い表情なのに彼女の前ではどこにでもいる普通の男の子の顔をして笑っていた。この人こんな顔もするんだな…そんなことを思いながら名前を見てみると彼女もまた私に見せる笑顔とは違う笑顔を向けていた。あぁ、なるほどね。


「あ、いた!名前!」


するとそこに1台の車が私たちの前に止まった。車の窓から顔を出したのは女の人は名前を呼んでいる。どこか名前と似た綺麗な顔立ちからすぐに彼女の母親だとわかった。名前のお母さんは「あら、征十郎くん!それに新しいお友達?」と私たちを見て微笑んだ。かと思えばすぐに名前に視線を戻し眉間にシワを寄せた。


「あんた今日おばあちゃんの家行くから早く帰ってきなさいって言ったのわすれたの?」

「あ、忘れてた」

「ったく、ほら早く乗って!」

「はーい」


そう言っていそいそと車に乗り込んだ名前は車の窓から顔を出すと私と赤司君を見て「ごめーん」と腑抜けた謝罪をした。謝る気ねぇだろ。


「じゃあ、仲良く二人で帰ってくれたまえ!」

「ちょ、」

「おい名前、」


私たちの声も聞かずに「じゃあね〜」と言って去って行った名前を私は酷く恨んだ。その場に取り残された私たちはしばらく無言で立ち尽くした。


「…名前が居ないなら俺たちが一緒に帰る必要はないな」


そう言って先に歩き出したのは赤司君だった。その後ろを私は遅れて歩き出す。


「そうだけど、帰り道一緒だからどっちにしろ一緒だけど」

「……」


彼も頭が悪い人間ではない。私の言葉に納得したのか、早歩きだった足は次第にゆっくりと私の隣に並ぶと「名前は…」とポツリと言った。


「…名前は最近いつもお前の話をする」

「え?」

「前は名前の一番は俺だったのに今では二言目にはお前の名前が出る」


ムッとした顔で私を睨む赤司君に思わず私は笑ってしまった。今までの態度も理由がわかれば可愛いとさえ思ってしまう。


「赤司君って案外ガキだよね」

「…なに?」

「そんなに殺気立たないでよ。別に赤司君から名前を奪おうとなんて思ってないから」

「…っ!なんのことだかわからないな」

「結構バレバレだよ」


図星。平然を装ってても彼の耳は真っ赤だった。赤司君は名前のことが好きだったのだ。見てればわかる。あんな優しい顔で彼女を見てるんだから。なんだ可愛いところあるじゃん。それまで私が彼に抱いていた印象とはまったく別物で不思議と私は彼を苦手だとは思わなくなった。彼にも子供らしい一面があるのだとわかったからだ。


「まあ名前ってずっと赤司君と居たわけでしょ?あいつ私のことクラスでぼっちって言ったけどあいつもクラスで友達少ないからね」

「確かに多いとは言えないな」

「性格はともかく、顔は可愛いから寄ってくるのは男子ばっかりだし、普通に話せる女の子がいなかったから嬉しいんだよ、女友達ができて」

「…ちょっと待て今なんて言った?」

「え?なに?」


彼は突然立ち止まり不思議そうな顔で私をじっと見た。今なんて言ったっけ。たった今自分で言ったばかりなのに思い出せずにいると赤司君は眉を釣り上げて私に尋ねた。


「"女友達"って言ったか?」

「え、うん。言ったけど…」

「……お前、まさか」



女なのか…?



「いくら赤司君でも私ブチ切れるよ?」


私は赤司君の真顔で言い放った言葉に唖然としてしまった。彼は一体なにを言っているんだろう。頭の中でぐるぐる考えてみても彼の思考はわからない。女であることを疑われたので証拠に女子用の体操着を見せたら赤司君は大きく目を見開いた。だが次第に赤司君は俯いて肩を震わせている。赤司君ほんとどうしたの。


「ちょっと、赤司君?」

「いや…すまない、ちょっと待ってくれ…ぷっ」


もしかして笑ってます?え?なんか静かに爆笑してます?そこで私はようやく赤司君の思考が読めた。


「まさかとは思うけど、私のこと男の子だと思ってたの?」

「…そのまさかだよ」


未だに肩を震わせて笑っている赤司君は小学生らしい笑顔を見せたが、そんなことより男の子だと思われていたことがショックで危うく私の拳が肩まで上がりかけた。まあ間違えても仕方なかったかもしれない。もともと中性的な顔立ちだったし、それに加えて小学生の頃の私は髪が短かった。わりと身長も高いほうで、おまけにランドセルはお兄ちゃんのお下がりだったので勘違いもするだろう。そんなやつが名前と毎日一緒に居たらヤキモチも妬くか。


「なんか、すまない…な…フッ」

「ねえいつまで笑ってんの」


こうして誤解が解けて、それ以来赤司君とは普通に話すようになった。3人で遊ぶことも増えて、いつの間にか私が赤司君を嫌うこともなくなっていた。だけどたまに名前が赤司君より私を優先すると赤司君は私にこう言うのだ。


「俺から名前を奪うなら、いくら中島でも許さないから」


その時は命がないと思え、と。








「懐かしいね、私あの時まじで赤司君のこと殴りそうになったわー」

「もう時効だろう」

「そう思ってるのは赤司君だけだから」


あの時と同じ帰り道を赤司君と二人で歩く。赤司君は「もう忘れてくれ」と困ったように笑った。


「にしても、名前が塾に通いたいなんて言い出すとは…」

「地球がなくならないといいけどね」

「まあでも、名前よっぽど赤司君と同じ高校行きたいんじゃない?」

「いや、」

「ん?」

「名前は秀徳に行きたいと言ったよ」

「え?」

「中島と同じ高校に行きたいと言ったんだ」

「名前…っ!今まで馬鹿とかポンコツとか言ってごめん、、って、あれ?じゃあ何で洛山に?」

「僕を差し置いて中島を取るのはムカついたから無理やり洛山にさせた」

「…ん?待て待て赤司君?」

「洛山に受からなければ中島の命はない、と言ってある」



赤司征十郎に出来ないことはなかった。

赤司征十郎に手に入らないものはなかった。

赤司征十郎の言うことは絶対。

逆らう奴は許さない。



「言ってだろう?僕から名前を奪うなら、いくら中島でも許さないと」



赤司征十郎とはこういう男だ。


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