「壁ドン…?」
「そう、壁ドン。それで大抵の女は落ちるらしい」
【壁ドン】相手を壁際まで追い込み逃げ場をなくし壁を片手、若しくは両手で対象越しにドンする行為。恋愛系の少女漫画やアニメ・ドラマなどで見られるシチュエーションのひとつで、想い人に詰め寄るやや強引な手法としても使用される。ただしイケメンに限る。
「ということなんですわ」
「いきなり何なんだ」
赤司は眉をひそめて私を見る。またくだらないことを…と赤司の心が言っている。
「だから、ちょっとやってみてよ壁ドン」
「断る」
「えええ、女子が憧れるシチュエーションだよ?」
「くだらない」
そう言ってひとりスタスタと廊下を行ってしまう。その後ろを私は追いかけるように赤司のブレザーを掴んだ。
「ねえ、いいじゃん。一回だけ」
「しつこい」
「……」
赤司は私の目を見ることなくその腕を振り払って歩いていく。なにコイツ。感じ悪い。ムカつくからもういいや。
「じゃあ、もういいよ。黄瀬にでも頼むから」
「………」
そう言って、自分の教室に向かおうとして赤司と距離が開いたときだった。
「……名前、」
「えっ?わ…!」
赤司が急に私の腕を掴んで私を壁へと引く。まさか、そう頭で理解したときにはドォォォン!!!とすごい音がして私は赤司に壁へと追い込まれてた。メキメキ…と壁が唸る。
「あ、あの…赤司さん?」
「どうした?壁ドンしてほしかったんだろ?」
「や、そうなんですけど…。あの、拳が…あなたの拳が壁にめり込んでます」
私の顔面スレスレを横切った赤司の拳を見て冷や汗ダラダラ。こいつ、壁ドンとかのレベルじゃねえだろ。完全に壁殴りに行っただろ…!顔が怖すぎる。私を殺す気ですか。なんか周りの生徒たちも青筋たててこっち見てるよ。「赤司が苗字に壁ドンを…!」「や、あれ壁ドンなの?脅迫じゃなくて?」と聞こえてくる会話。正解だよお前たち。これは壁ドンじゃない。脅迫だ。
「僕という完璧な男がいながら他の男のところへ行くのかい?」
「や、あの…そういうつもりじゃ、」
自分のこと完璧な男とか言ってるよこの人。いろんな意味で怖い。とくに顔が怖い。瞳孔ガン開きだよ。
「名前は僕だけじゃ満足できないのかい?」
「そんなわけないです!!!」
「そう、なら今後間違ってもぶっ飛んだ発言はするな。わかったね?」
「はい…すみませんでした」
涙目になりながら返した私の返事に満足げに笑った赤司は壁から手を離す。その時にパラパラと床に落ちた壁の残骸は見なかったことにしよう。
「どう?ドキッとした?」
「うん、いろんな意味で」
もう壁ドンはいいや。