2A

お前を絶望するために考えたあれやそれ。復讐。俺の今まではそのためだけに費やされてきた。全てはお前のためだけに。


「おはよう、柏木」

ベッドに縛り上げた柏木は小さなうめき声をあげながら、微かに瞼を瞬かさせた。俺を見下し笑みに歪められていた目が、とろんと俺を見る。電流が強かったのかもしれない。柏木は目を開けたあとも、ぼんやりとした様子で視線を辺りに彷徨わせている。

俺は迷わずに柏木の頬を張った。ぱんっ、と乾いた音が薄暗い部屋に響く。柏木は目を見開いた。漸く思考が追いついてきたのかもしれない、掠れた声で「此処は・・・?」と呟いた。

柏木が俺を見ている。あの頃の面影を残したままの、意志の強そうなつり目勝ちの目、精悍な顔つき。真っ直ぐに俺を見ている柏木に、俺は笑った。

「此処がどこだろうが、お前には関係ない」

ぐいっと柏木の首についた首輪に指をかけて引っ張った。苦しそうに眉間に皺を寄せる。今更ながら、この現状が異常だってことに気づいたのだろう。柏木は一つに纏められた両手をがちゃんと動かした。そうしてぎらっと、その瞳に剣呑な色を乗せる。

「お前、どういうつもりだ」
「・・・どういうつもりかって?そんなの決まってるだろう」

お前に地獄を見せてやるよ、囁いてから、噛み付くように口づけをした。柏木の口は甘かった。下唇に噛み付けば、鉄臭いものが口内に広がる。口を離せば、柏木は抵抗も忘れて、唇を赤く染めたまま呆然と俺を見つめている。その姿にぞくり、と背筋に何かが走るのを感じた。べろり、と濡れている唇を舐めてやる。それでも柏木は微動だにしない。至近距離で顔を覗き込めば、柏木は顔を青ざめていた。

「お前、まさか・・・工藤か・・・」

その口から溢れた言葉に俺は目を見開いた。工藤とは、俺の苗字である。まさか柏木が俺の名前を覚えているだなんて思ってもいなかった。心臓がどくんどくんと異常な速さで脈を打って、胸に何か得体の知れないものが広がっていく。俺が口を開く前に、柏木は突然、俺に向かってベッドに縫い付けられたまま頭を垂れた。

「っ工藤・・・俺、お前にずっと謝りたかったんだ!今更、遅いって思うだろうけど、本当に、本当に申し訳なかった。俺はお前に最低なことをした・・・っ、本当にすまなかった・・・!」

柏木はそのつり目勝ちの目から涙をぼろぼろと零しながら俺に何度も何度も謝罪を重ねる。俺は開きかけた口を無様に開いたまま、呆然と謝り続ける柏木を見ていた。いじめられている俺を見て、愉快そうに笑っていた柏木。それが柏木だ。じゃあ、俺に頭を下げて泣きながら謝罪を繰り返しているこいつは一体誰なのか。

「ずっとお前を探していた。暇な時間を見つけてはお前を探して歩き回っていた。家の力を借りるのは嫌だったから、一人で、ずっと・・・。そして、漸くお前が○○病院に務めているってことを知って、・・・今日、お前に会いに行こうとしてたんだ。」

まるで壊れたテープレコーダーのように柏木の声が途切れ途切れに聞こえる。ずっと俺を探してた?会いに行こうとしていた?体温が下に向かって急激に下がっていく。嘘だ、だってお前が、柏木がそんなことをする筈がないんだ。

「・・・嘘だ・・・」
「っ嘘じゃない!・・・でも、許されるとも思ってない」

がたがたと体が震える。涙に濡れた顔で柏木が俺を真っ直ぐに見据えている。覚悟を決めている目だ。病院で、俺は何度も何度もその目を見てきた。

「・・・地獄を見せてやるって言ったよな。いいよ、お前の好きにしてくれ」

その柏木の言葉を聞いた瞬間、俺は部屋を飛び出していた。そして近くにある洗面所に駆け込む。俺は胃の中のものを吐き出した。吐き出せるものがなくなったら、胃液を吐き出す。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。俺を見て笑っていた柏木が、がらがらと崩れ落ちていく。色褪せなかった筈の憎しみが、怒りが、急にわからなくなる。

「やめろやめろやめろやめろ・・・っ!違う違う、違うっ!あんなのあいつじゃない!あいつは俺に泣いて謝ったりしないっ!」

食道がひりひりと痛む。俺は思わずその場にしゃがみこんだ。柏木の、俺を真っ直ぐに見る目が頭から離れなくて離れなくて、気が狂いそうだ。俺は声にならない悲鳴をあげながら、柏木を消そうとした。俺を蔑むように笑っていた柏木を何度も思い返そうとして、失敗する。ぐらぐらと今まで縋り付いていたものが崩れていく、気がした。




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