01

どんなに目を瞑って耳を塞いでも、変わらずに太陽は昇って、朝がやってくる。そんな当たり前のことが苦しいだなんて、やっぱり俺はどうかしているのだろう。

涙が枯れつくすほどに泣いたあの日から、もう何年も経った気がするけれど、実際にはまだ一年も過ぎていない。苦しくて苦しくて、息が出来なくて死んでしまうんじゃないかと思ったりもして、だけど俺はこうして、あいつの隣に縋りついたまま生きている。

本当に俺は馬鹿なんだ。友達だなんて今更、思えるはずもないのに。それでも俺は何でもない顔をしてあいつの隣に立って、笑う。あいつがまるであの日なんてなかったかのように接してくるから、俺は時々、あの日が夢だったんじゃないかだなんて思うんだ。

「真雪っ」

俺の名前を呼んで笑うあいつがいる。それだけで幸せなんだ。だって本当なら嫌悪を向けられたり、拒絶されるのが普通なんだから。幼馴染で親友という立場を望まれているなら、俺はその位置に立ち続けるべきなんだろう。

けれど、時々、すごく虚しくなる。だって本当は、なかったことに出来る筈がないってわかっているんだ。

少し低い声も、笑った顔も、大雑把なところも、欠点だって嫌なところだって、お前と一緒に生きてきた15年間分、丸ごと好きで。

好きで好きで、もうどうしようもなくなって。親友とか幼馴染とか、そんな言葉じゃ満足できなくなって。だけど、嫌われるのが怖くて言えなくて。お前に彼女が出来る度に、本当は泣き叫びたかった。

そんな毎日を何日、何年重ねただろう。

そうして、今までの15年間を全部捨てる覚悟で、あの日、俺はお前に好きだって言ったんだ。

男に、しかも俺に告白されるなんて吃驚しただろうし、気持ち悪かっただろうと思う。でも、俺だって緊張で吐きそうで、言おうと覚悟してからもいざとなったら足がすくんで声が出なくなって、諦めて、眠れない夜だなんて数えきれないぐらいあったんだ。

別に同情してほしい訳じゃない。でも情に訴えてお前が手に入るなら、俺はそうしただろうか。惨めに泣いて、断るなら死ぬだなんて言って。ああ、でもきっとそんなこと意気地なしで自分に自信なんて欠片もない俺には出来なかっただろう。

俺はぼんやりと教室の外を眺めた。今日は高校生最後の日。あんなにも待ち望んで、その半面恐れていた日でもある。

窓からまだ少しだけ肌寒い風が流れ込んできて、俺の髪を揺らした。

「真雪、こんな所にいたのか」

がらり、と教室の扉が開いて入ってくるあいつ。がらりとした教室を見て、何だか寂しいなあなんて眉を下げた。

「なあ、」

呼びかければ、何だよと言って笑顔を向けてくる。俺もそれに答えるように笑った。

「俺、やっぱりだめだったよ」

呟いた言葉に首を傾げるお前。俺は座っていた椅子から立ち上がって、まるであの日のように幼馴染であり親友である男の前に立つ。

「ただの友達じゃ嫌だ。俺はお前が好きなんだ。本当に好きなんだよ。だから、なかったことになんかできない」

目を見開いているお前の眼には驚愕と、怯え。わかってたんだ。お前が俺に望む場所にいて欲しかったってことは。だけど、俺はどうしても、お前への思いを、あの日をなかったことにはして欲しくなかったんだ。

「…ごめん。ただの幼馴染で、友達でいられなくてごめん。好きになってごめん。」

ぼろぼろと零れ落ちてくる涙が、お前と過ごした教室の床に落ちていく。幾ら泣いたって涙はいつかは乾いてしまって、それが海になることはないけれど、この涙の一粒一粒にだって、きっと溢れだしたお前への思いが詰まっているはずだから。

「…真雪…俺は…」

くしゃりと泣きそうな顔。大好きなお前を俺は俺自身のエゴで傷つける。最低な俺はその傷がね、少しでも深ければいいと思うんだ。じくじくと痛んで、その傷が痛む度にお前が俺を思い出してくれたなら、嬉しい。

「傷つけてごめん。最低な奴でごめん。それから、今までありがとう。」

意気地なしで最低な俺はお前に引っかき傷を付けて、そして尻尾を巻いて逃げるんだ。

「最後になったけど、卒業おめでとう」

抱きついた体の温かさを俺はきっと、一生忘れない。



***



「そんなに心配しなくたって、一人でも上手くやってるよ。もう俺も大学生なんだから」

苦笑混じりにそう言えば、電話の向こう側で兄が戸締りはしっかりしろ、だとか次はいつ帰ってくるんだとか矢継ぎ早に言葉を重ねてくる。俺はそれに返事をしながら、やがて電話を切った。

俺は大学の第一志望をぎりぎりになって、県外へと変更した。これは俺の家族と担任しか知らなかったことだ。
逃げた。そうかもしれない。本当は、お前への思いで溺れてしまってもいいと思っていたんだ。押し殺して、戻れない場所まで沈んでしまってもお前の傍にいれるなら、それでもいいって。

だけど、気づいたんだ。どんなに目を瞑って耳を塞いでも、変わらずに太陽は昇って、朝がやってくる。俺もお前も、どんどん大人に近づいていく。いつまでも耳を塞いで目を瞑ったままじゃいられないんだ。

俺はアパートの窓を開ける。途端に春の風がふわりと吹き込んだ。

新しい土地にいても、遠い場所のあいつを思い出す。逃げるように別れて、そのまま。けれど、今はきっとこれでいいのだ。

涙がいつか乾くように、この悲しみや苦しさもいつか干上がって、そうして俺はいつか地面にしっかりと足を付けて立てるだろう。

そうしたら、きっとあいつを傷つけずに、互いを傷つけずに向き合うことが出来るはずだから。

拒絶されるかもしれない。嫌われてしまっているかもしれない。だけど、その時に、もう一度会いにいこう。

久しぶりって言って、少し泣いてしまうかもしれないけれど、できれば笑顔で。きっとお前も少し泣いて、それからお帰りって言ってくれるはずだから。




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