0417 22:51

それはいつもとなんら変わりのない土曜日のことだった。前日の夜にあった会社の飲み会で何か恨みでもあるのかというほど飲まされた俺は、昼の11時にようやくゾンビのように布団から這いずって出ることができた。頭が割れるほどに痛い。そして気持ちが悪い。

どうにかこうにか冷蔵庫まで這っていくと、入っていたミネラルウォーターを必死に飲む。恐らく今の俺の姿はひどい顔色も相まって正にゾンビだろう。同僚の女の子たちが見たら悲鳴をあげるか、酷い言葉で罵倒されそうである。

水を浴びるように飲むと幾分か体調はマシになり、生まれたての小鹿のように時間をかけてぷるぷると立ち上がった。そのままリビングのソファへと向かい、倒れ込む。ここに俺の母親がいたなら、しばかれそうなぐらいに今日はいつにもまして無気力である。やる気のある日もそうないが。

そのまま暫くぼーっとした俺は何となく無音が寂しくなって、テーブルの上に置かれていたリモコンをのろのろと取るとテレビをつけた。微妙な時間だからか面白そうな番組はやっていないようだ。リモコンを操作して適当にチャンネルを変えていると、俺の好きなアナウンサーの出ているニュースがやっていたのでとめる。

ボブの黒髪に意志の強そうな目。クールな雰囲気なのに、たまに笑った顔がふにゃんとしていてギャップが堪らない。あの黒猫がいた頃は、このニュース番組が映ると何が気に入らないのか途端に壁で爪を研ごうとしてくるので、このアナウンサーを見るのは何だか久しぶりだった。

『ここで先ほど入りました緊急ニュースをお伝えします。本日午前10時頃、○○市○○区○○町の自宅で40代の男性と見られる遺体が発見されました。』

アナウンサーにぽやんと見惚れていた俺は流れてきたニュースに眉間にしわを寄せる。遺体が発見された場所が隣町であったからだ。

『遺体は損傷がひどくまだ身元が分かってはいませんが、この家の持ち主である吉田 太郎さんと連絡がつかないことから、被害者は吉田さんであるとして捜査は進められています。遺体の損傷や、家のあちこちに大型の獣の物と見られる爪の跡があることから野犬に襲われた可能性もあるとされて捜査が進められています。詳しい情報が入り次第、お伝えさせて頂きます。近隣に住んでいる方は…』

ニュースは続いていたが、俺はそれ以降の話を理解できずに固まっていた。隣町に住む吉田さん。俺は、その人を知っていた。

猫をケースに入れて運んでいく男の背中がふと頭をよぎる。猫の飼い主は確かに吉田 太郎という名前だった。

俺が呆然とニュースを見つめていると、かりかりっと何かを引っ掻くような音が玄関の扉から聞こえてきた。その音に体のだるさも頭痛も忘れて、弾かれたように玄関に向かい、そっと扉を開ける。

そこにいたのは、別れる前と全く変わらない様子の、一匹の黒猫だった。

「おまえ…」

俺は少し前に関わった人が亡くなったという事実と、黒猫が無事だったことへの安堵で玄関にへなへなと座り込む。

猫はするりとドアの隙間から家に入り込み、俺の前に行儀よく座ると、にゃあー、と鳴いた。

俺は猫の元気な様子を見て、そろそろと腕を伸ばす。猫は逃げる素振りも見せず、じっと俺の目を見ている。猫のあたまを恐る恐る撫でると、猫は俺の手に頭を擦りつけて喉を鳴らした。

「お前、無事だったのか…。良かった…。きっと怖い思いをしたよな」

俺は前と変わらぬ様子で懐いてくれる猫をそっと抱き上げると、胸にぎゅっと抱え込む。すると猫は首を伸ばして、俺の顔をざらついた舌で舐めた。まるで俺を慰めるように。

俺は胸に抱いた猫の温かさに徐々に落ち着きを取り戻した。これがアニマルセラピーというやつだろうか。

「お前、どこも怪我してないか?あ、あと腹減ってるだろ?今、用意してやるからな」

そう言って猫の体を検分するが見たところ怪我は無いようだ。俺の言葉に答えるように、にゃあと鳴いた猫に、俺は餌を用意するために猫を抱いたまま立ち上がった。


「…大家さんに話して、猫を飼う許可をもらうか。土下座したら許してもらえるかな…。だめだったら、ペット可のところに引っ越すか」

餌を食べる猫を見ながらこれからのことを考える。猫の飼い主の安否は心配だが、他人の俺にはどうしようもない。取り敢えず、こうして戻ってきてしまった猫を放り出すわけにもいかないので、しばらく俺が面倒をみることになるだろう。

鬼の形相の大家の顔が浮かんで、俺はため息を吐いた。

『…ここで臨時のニュースをお伝えします。〇〇市〇〇町で警察官の遺体が発見されました。遺体は見つかった警察手帳から勤務中行方不明となった〇〇さんとされています。遺体は損傷がひどく、野犬に襲われたような状態であることや現場が近いことから、さきほど臨時ニュースでお伝えした事件と関連があるとして調査が進められており…』

俺は餌を食べている猫から目を離し、テレビを見た。テレビに映っていたのは俺の家の近所にある交番だった。そして、亡くなった警察官の名前は、猫の飼い主探しを手伝ってくれたお巡りさんのものだった。

「…うそだろ……」

俺は血の気の引いているだろう顔でテレビを見つめた。見知った街並みがテレビに映し出されている。野犬に襲われたと言っているが、この辺りに今まで野犬が出たなんて聞いたことがなかった。

俺はふらふらと立ち上がり、取り敢えず家の戸締りをきちんとした。人間を襲う獣なんて考えただけでも恐ろしい。しかも事件は全てこの辺りで起こっているのだ。今日は土曜日だから、この週末は戸締りをしっかりして家から出ずにいよう。

「…お前も家から出るなよ。危ないからな。」

猫を振り返ると、餌を食べ終わったのだろう猫は顔をテレビに向けていた。

その顔が一瞬、大きな口を開いて笑っていたように見えたのは、きっと俺の気のせいに違いないのだ。
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