0613 02:08

人の気持ちなんか簡単に変わるものだ。でもそれは仕方がないことだと思う。
むしろ同じ気持ちをずっと何年も持ち続けられるなんて、そっちの方が奇跡なんだ。どんな愛もいつかは覚めるか、形を変えてしまう。僕は今、それを改めて実感していた。

新(あらた)はもともと来る者拒まず、去る者追わずがモットーの男だった。老若男女問わずに手を出しては、短期間でお別れをするという、正に節操なし。それなのに新には途切れることなくいつでも恋人がいた。それどころか、新と恋人が別れるのを今か今かと待っている人であふれていた。

それほどまでに新は魅力的な男だったのだ。節操なしという所さえ除けば神様の最高傑作と言っても過言ではない。僕のような一般人から見たら、新は天上人のような存在だったのである。

そんな新と地味としか言いようのない僕が付き合えたのは奇跡だとしかいいようがないだろう。新は確かにいろいろな人に無節操に手を出していたが、その選ばれた誰もが抜きん出て美しい顔を持っていたのだから。

「志生(しお)、帰ろ」

教室の扉からひょこりと覗いた完璧としか言いようがない顔が僕を見て笑う。三か月前の僕はずっとしたため続けていた恋が実るだなんて一片だって考えてもいなかった。

「うん、新。帰ろうか」

周りの人たちは今回の新の気まぐれに大層驚いたが、たまにはゲテモノも食べてみたくなったのだろうと笑った。だから僕と新のことを気にする人は殆どいない。ただこの気まぐれがいつ終わるのかと飢えた獣のように爛々と目を光らせて待っている。そして僕は、この気まぐれを長引かせることなどできないだろうと知っていた。

「なあ、志生。俺の家に来るだろ」

帰り道。僕と新は手をつないでいる。傍からみたら、僕たちは何に見えるのだろう。きっと間違っても恋人同士には見えないのだろうけど。

「…ごめん、今日は用事があるからいけないんだ」

きっと数週間前の僕なら躊躇わずに飛びついただろうその提案を、ここ最近の僕は避け始めている。新は一瞬だけ眉を顰めたが、特に気にする素振りもなく「ふうん、そうか」と言うだけだった。

僕と新が付き合うようになって三か月が経とうとしている。今まで新と関係を持った人たちはみんな、三か月から先を超えることが出来なかった。だから僕もそろそろだろうと心の準備をひっそりと進めていたのだ。

僕は新と付き合えた奇跡のような時間が、生涯で一番大切な思い出になるだろうことを確信していた。それ程までに泣きたいぐらいに幸せな三か月間だったのだ。

新は何より僕を優先してくれた。僕に笑いかけてくれた。愛の言葉を囁いて抱きしめてくれた。僕の名前を呼んでくれた。本当に、幸せだった。まるで夢のように。

家の前まで送ってくれた新は綺麗な笑顔で「また明日」と言ってくれる。そう遠くない内に、その明日は来なくなってしまうんだろう。

カレンダーに×印をつけながら僕は夢の終わりまでのカウントダウンをする。終わりはもう目の前まで迫ってきていた。少しずつ、新のいない日常に慣れていかなければいけない。そうじゃなきゃ、新がいなくなってしまった時に、きっと僕は一人では歩けなくなってしまうだろうから。

僕はそれから少しずつ、新との関わる時間を減らしていった。少しずつ、少しずつ。僕の心を感覚を馴らしていく。そんな僕と新に、周りは終わりが近いことを確信したのだろう。新の周りは獣で溢れかえるようになった。そう、僕にとっては好都合といってもいい。

だけど、なんでこんなに胸にぽっかりと穴が空いたような気がするのだろう。
一人きりの帰り道で、僕は泣いた。涙を拭ってくれる人はいない。

明日で、僕と新は付き合って三か月目を迎える。
今日このまま、新の特別な人間という位置にいるまま死んでしまえたらいいのにと僕は愚かにも心から望んでしまうのだ。

永遠なんてないことを、痛いほど知っている筈なのに。
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