三 | ナノ
自動販売機前の余り人気の無いソファに座らせられ、医師が鞄から消毒薬の類を出すのをぼんやりと見る。
「・・・また、やってしまった・・・。」
しかも位置が位置だったから今回は怪我までしてしまったな・・・失敗だ。
鏡はなるべく見ないようにしてきたのに。
「・・・消毒するよ。少し痛いかもしれないけど、我慢してね。」
「あ、はい。」
医師は手際よく頭にガーゼを貼ってくれ、口の傷も見てくれた。
随分とサービスの良い医者だな。
「なあ、君・・・今まで山登りとか、柔道とかしたことあるかい?」
医師が妙な質問をしてくる。
真意はわからないが、素直に答えておく。
騙さなければならないものでもないし。
「いえ、特になにも。」
喋る度に口内の傷が痛む。
「・・・そうか。」
なんだか医師の表情が険しいが、まあ俺には直接的関係がなさそうな顔だ。
放っておこう。
「きみはどうして病院に? 誰かのお見舞いかい?」
「え? ああ・・・幼馴染の見舞いにですよ。
403号室の。」
「・・・ああ、あのアイドルの!? あの子の幼馴染とはなあ・・・凄いねえ!」
医師が驚きを隠しもせずに頷く。
別に凄いのはあいつであって、俺では無いと思うのだが。
「いや、それは置いといて。どうしてこんな怪我を?」
「・・・・・・ああ、ただ転んだだけです。」
本当のことは言えないな。
自分の顔を見て反射的に殴ったなんて。
「普通転んだだけで口まで切るかな?」
医師がなにかを探るように俺の眼をじっと見つめてくる。
なんだ、気持ち悪い。
「・・・珍しいこともあるんですよ。」
「・・・・・・そうかい。じゃあ、私はこれで。お大事に。」
彼は腰を持ち上げて薄暗い休憩所の一角から足を踏み出す。
「ありがとうございました。」
全く感情のこもっていない礼を述べる。
「ああ、そうだ。私の名前は谷在家千秋というんだが―――君の名前は?」
出口へと一歩踏み出した足は無意味にも戻され、首が此方を向く。
名乗る義理は無いが、まあ良いか。
「・・・滝澤です。滝澤真司。」
「そうか、良い名前だね。」
谷在家さんは笑ってそう言った。
「・・・そうですね。」
俺はそれが不快でぶっきらぼうに言った。
勿論、嘘笑いすら浮かべずに。
「じゃあね。また会えるといいね。」
そう勝手な捨て台詞を言い残して、彼は去っていく。
革靴の足音が薄くなった頃に、溜息を吐く。
「はあ・・・なんだってんだ、あの医師は?」
・・・いや、考えるのも無駄か。
冷えるしとっとと戻ろう。
「あ、遅かったね・・・って、どうしたのその頭! あとほっぺた!」
病室に入るなり彼女が心配そうに、問い詰めてくる。
人を指差すなと教わらなかったのだろうか。
「なんでもない。」
「なんでもないって・・・そんなわけないじゃん! どうしたの!?」
「なんでもないったらなんでもないんだよ。」
「なんでもなくないから聞いてるんじゃない!」
「だから、・・・もういい。」
すっかり冷えてしまったパイプ椅子を畳んで壁に立てかける。
「え、帰っちゃうの? まだ話は終わってな、「気分悪いから。じゃあ本は適当に持ってくる。じゃあな。」
「え、ちょっ・・・
はあ、余計なお世話だ。
なんで必要以上に構うんだ。
鬱陶しい。
大体お前に説明したからってなにになるっていうんだよ。
狂っている自分に、お前がなにかできるってのか?
・・・行こう。家へ。

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