コトネ 1 | ナノ
初めはただ無口なだけだと思っていた。
口を開くという動作をしているところを見たことはなかったし、目に見える感情の起伏というのもごくわずかだったからだ。
そんな経緯もあって、コトネが彼、レッドが実は声を出すことができないのだと気づいたのは初めてあってから一ヶ月ほど経ったあとだった。
「レッドさん声……出ないんですか?」
一週間ぐらい前から違和感を感じはじめて、違和感の正体に気づくとすぐ、コトネは尋ねた。
何を馬鹿なことをと、笑い飛ばしてくれるならそれでいい。
むしろ、笑い飛ばしてくれた方がいいのだと。
しかしレッドはそんなコトネの願いも虚しく、首をゆっくりと縦に振った。
「っな……んでこんな所に居るんですか!病院行きましょう!」
もっともであろうコトネの言葉に、レッドはそれでもただほんの少し困った顔をして雪の上にしゃがみこんだ。
「…?」
コトネがいぶかしんで後を追ってしゃがむと、レッドはそれを確認して雪の上に指を滑らした。
『まだ、降りない。』
コトネがレッドの意図を理解して雪を除き込むと、そんな文字。
「…何で、ですか。」
悲しそうに、泣きそうに顔を歪めながら言うコトネにレッドの胸に針が刺さるが、それでもレッドは首を縦に振ろうとはしなかった。
「何でなんですかレッドさん!そんなことしてたら…死んじゃいますよ!」
再度強い調子で吐き出された問いかけに、レッドは雪の上に指を滑らせる。
『大丈夫。』
と、ただ一言。
そうしてコトネの顔を覗き込んで。
…納得のいっていないコトネの表情に気づき、再度雪の上に指を滑らせ、言葉を付け加えた。
『約束があるから、帰れない。』
そんなもの無視してしまえば。
そうレッドに言おうと顔をあげたコトネは、しかしレッドのその顔を見て、何も言えずに口を閉じた。
レッドにとってその約束とは、この白しかない、その中で唯一の希望なのだとわかってしまったから。