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穏やかな夕暮れにも関わらず、共生の社内は息をつく暇もなく忙しかった。
網膜の内側を焦がしそうな程眩い西日にも、山に帰って行くのだろう鴉の群にも、そのどこか悲痛めいた鳴き声にも、誰も目を向けようとしない。

それは、最上階である社長室でも同じ事が言えた。せわしなく部屋を出入りする音、依頼者の歓喜する、すすり泣く、はたまた激怒するといった様々な声、殆どひっきりなしにジリリリと鳴る電話の音、と、以前よりも音が増えたように感じる。

厳かなこの室内では軽快な足音は馴染まないと思わずにはいられないのだが、会社が忙しくなるにつれて、所謂「裏の仕事」が増えつつあるのだ。仕方が無いと言う他無いだろう。

…流石のワシズもこれには少し疲弊しているという自覚があった。溜め息のような息を漏らし、関節を鳴らした後、片手で肩を解す。

そうしている内に丁度視界に青年の後ろ姿が入ってきたので、手を伸ばして良く締まった小さい尻をするりと撫でた。すると、あ、と上擦った声を上げてびくりと隼は反応した。

「わ…ワシズ様…まだ仕事中ですので…」

「ほう…」

感度が良くなったな、と耳元で囁いてやりたい衝動に駆られたが、隼が怒って仕事に戻ってしまう事は分かり切っていたので、その代わりに後ろから抱き付いてやった。

隼の持っていた紙が数枚ひらひらと宙を舞ったが、気にしない。そんな男の様子を見て若い恋人はふふ、と笑う。

「さっきからもう…甘えてるんですか?ワシズ様」

「無論…」

ツンと尻尾のように立っている襟足を掻き上げて現れた健康的な項を優しく食むと、艶っぽい声が漏れる。それに気を良くしてつい吸い上げて赤い痣を残してしまうのは、よくない癖だというのは自分でも分かっているのだが。

…ほんのりと頬を赤らめた隼が、申し訳無さそうに振り返った。

「その…ここは共生ですし…夜にでも…」

「…」

まだ仕事は腐る程ある。共生のコンサルタント活動が日に日に忙しくなっていくのはデスクに重なる依頼書の数を見れば一目瞭然である。依頼が増える毎に会社の資産が増えるのは良い事だが、それと比例して恋人と触れ合う時間が削られていくのは些かワーカホリックであるワシズも芳しい事とは思わなかった。

青年の言い分は尤もだったが、今日は何だか聞いてやる気がしなかったので、むっと顔をしかめる。

「ワシに我慢しろというのか?」

問答無用で生意気な事を言う口に指を入れると、隼はむぐ、と妙な声を上げた後、温かく柔らかな舌で指を舐った。きっと赤いのだろうその舌を想像すると、何とも言えない下世話な感情が沸々と湧いてくる。

こうやって隼の粘膜に直接触れるのはいつ以来だろうか。指折り数えればきっと片手と少しだけで足りるのだろうが、そういった欲求が無い訳でなく、寧ろ盛んであるワシズにとってみればそれは死活問題である。

「んぐ…っ、」

口腔を乱暴に掻き回してもそれを追うように愛しく絡み付いてくる舌を若干名残惜しみながらも指を引き抜くと、銀色の糸がぷつりと切れた。温かい温度がまだ残っているその指を己の口に放り込む。ちゅ、と音を立ててやれば、目の前の青年は一層顔を赤くして俯いた。

窓辺から差し込む茜色の夕日に照らされたその初々しい表情は、僅かに揺らいでいるように見える。

―…後一押しといった所か。

皺が出来るくらいに強く紙を握っているその手を背後から優しく握り込むと、ふぅ、と耳元に息を吹きかける。

途端にびくん、と震え出した隼のその身体の線をなぞれば、ひくひくと内股が震え、もう腰が抜けそうになっていた。

「なぁ、隼…」

青年の形のいい耳殻に、じっとりとした低音の声を染み込ませる。

うっすらと朱がかかった首筋に頬を擦り寄せると青年はふるりと小さく身を震わせた後、やがてきゅっと結んだ唇を少しだけ解き、はぁと溜め息をついた。

「……じゃあ、ちょっとの間だけ…ですよ…」

クク、と喉の奥でそんな笑いを漏らすと、ようやく観念した隼を抱きかかえ、社長室の中央に置かれた立派な白いソファーの上に降ろした。

*

男はまるで逃がさないというかのように青年を組み敷くと、性急にも口付けをした。二回程啄むように軽くキスをすると、お互いが見つめ合う。これが、スイッチが入る合図だというのを、隼はよく知っていた。この時に止めようものなら何が起こるか分からない。邪魔してくる者がいたとするなら、間違いなくそいつはクビになるか地獄を見る事になるだろう。
唯一事なきを得るのは共生が危ぶまれるような事件が起こった時だけだ。

三度目のキスは互いの舌を味わうような濃厚なものだというのも、分かっていた。まるで儀式のようなこの一連の行為は、例え背徳の薫りがするものであっても隼にとっては何よりも神聖な行為に思えた。

ちゅくちゅくと音を立て舌を絡ませあって、先端を吸い上げたり柔く噛まれたりする間に、片手をも塞がれてしまう。

「っふ…!」

逃げないのに、といつも思う。その束縛は独占の証なのだろうか。それとも、俺が離れていくのが怖いからだろうか。どちらにしても、気持ちいいなんて思ってしまうのは、きっと俺も末期だからなんだろう。




―――――


続きます…!

タイトルは薄声さまからお借りしました。(実はお借りしたのが二回目だったり)



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