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「ひっく…だから、俺は言ってやったんですよ、…っく…」

ネオンサインが妖しい光で人々を惑わすような時間になった数十分後、青年はすっかり酔っ払ってしまっていた。

外ではきっと売春婦が誘蛾灯に引き寄せられたような男達を店に呼び込んでいるところだろう。汚らわしくも、どこかそれは儚く美しいものと感じられる。ここからの景色はそれ程幻想的だ。

呂律の回らない舌で昔話を語っている青年を眺めるのは楽しい。酒の良い所は、普段話さないような事柄や本音が聞ける所であると、ワシズは思っている。

適当な所で相槌を打ち、グラスを傾けると、どこかもどかしそうな青年の顔が目に入ってきた。

ここ最近、この表情をよく見掛ける。何かを言いたいような、何かに苛立っているような、一言に表現し辛いその表情の裏側に一体どんな感情が張り付いているのだろうか。

暫くの間その貌を伺っていたが、超人的な能力を備えもっているワシズも、超能力者ではない。相手の思っている事が全部分かる訳ではないのだ。

…酒気を帯びても、一向にその固い口が開くことはない。それなら、いっそ聞いてしまおうか―…シガーを手に取り、火を点けようとした矢先に、青年が溜め息をついた。

「…どうした」

浮かない顔をしているようだが、と付け足す前に、隼は俯きながら訥訥と話し始めた。

「…俺、おかしいんです、」

自虐的な笑みを浮かべながら、ふぅと息を吐き出すと、気になるんですよ、と続けた。

「ちかくにいるくせに…その人は遙か先をみつめてて、目を離したらどこかへ行ってしまいそうなんです」

「ほう…」

燻らせた紫煙が辺りを霧のように包みながら浸透していく。それと同じように、隼の青年らしい若い声もこの部屋に沈む。

「その人の目が、俺だけを捉えてくれたらとか、…そうしたらここにいてくれるのかなとか、…ひっく、」

ばかですよね、と笑う姿を見ると、その感情に相当追い詰められているのだろう事が分かる。天真爛漫、という言葉が似合うこの青年も、そんな思いに振り回される事があるのだー…

純粋にその話に興味を持ったワシズは肺に満たされた紫煙を吐き出すと、相手はどういう者なのだ、と問い掛けた。

隼はふふ、と女性めいた笑みで笑って見せると、ズルい人です、と短く答えた。

「…散々ひどいことをして自分の思い通りにするくせに、いつもだれかを助けてるんです」

「…」

青年の表情は、学生時代、放課後に想いを寄せる教授の姿を見掛けた女学生の上気したそれを思わせた。

その頬の赤みは酒だけのせいとは言えまい。

「常に余裕ぶってるけど、人のみてないところで努力してて…憎めないんです…それで、」

隼は一度小さく咳払いをすると、突然無邪気に笑い出した。

「いい年して変な技繰り出したり…銅像造ったり…出来もしない野球をしたり……騙された振りをしたり…、」

ひとつひとつを懐かしみながら独り言のように口にすると、やがて力尽きたかのようにずるりとソファにもたれ掛かった。

青年は満足そうに机に乗せた酒を再び口に含むと、

「今まで何人たぶらかしてきたんだろう…」

ずるいひと、そう言って遊女のように艶めかしく笑った。その色気に思わずワシズはゴクリと喉を鳴らす。

しんと静まった社長室では、繁華街のどこかでけたたましく鳴っているクラクションが響いている。

「…成る程な」

くわえていたシガーを灰皿で揉み消すと、徐に立ち上がって隼の前に立った。

「恋というものだろう、それは」

「へ…」

きっちりと締めていたネクタイを緩めると、隼の腰掛けているソファに片膝を折り、顔を近付けた。
酔いの覚めていないふにゃりとした顔が、肉欲をそそる。

「恋…?」

「そうだ。そいつの事を考えてると胸が熱くなるのであろう?」

「なり…ます…」

自分でも、狡いと思う。ニヤリと唇の端を釣り上げると、青年のワックスで固めた流行りの髪を撫ぜる。

「では、教えてやろうか?」

ククク、と意地の悪い笑い声が漏れると、男はそのまま青年の柔らかな唇を攫った。

カランと溶けた氷がグラスにぶつかり、清涼な音を立てた後、青年は恋を知る。

何処かでバイクの旋回する唸り声が聞こえた。






―――――――end.――

タイトルは獣さまにお借りしました。

ブランデーはオン・ザ・ロックをすると味が損なわれるらしい(Wikipedia先生参照)ですがそんな事気にしません!

ワシズ様は隼のふとした時に醸し出される色気にあてられてるといいですね。

ここまで見て下さってありがとうございました!


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