2014/02/16
無題
五道転輪王vs白澤
五道転輪王×鬼灯 白鬼



キィィン
耳に不快な音が喧騒の中に一際鋭く自己主張をした
鬼灯が獲物からの薙ぐような鉄柱の様な武器による打撃を立てた金棒で受け流すことによって生じた音だ
揶揄ではなく二人の間に火花が散る。打撃を加えた人物は微笑みを称え舌打ちをし、両手で持っていたそれから左手を離し、金棒を軸にするようにくるりと身を反転させ鉄柱を伝い鬼灯の背後をとった。鬼灯は慌てて身を離そうとするが打撃の主である男はそれを許さず、後方から右腹へと重い蹴りを叩きつけた。左に持った金棒とその先の男の武器、そして右の男の足に挟まれ鬼灯は眉を寄せた。でも、ダメだ。降伏する気はない。男は右足を戻しきるより早く左足だけで跳躍し跳び退き間をおいた。その途中、男は器用にもシュッと空気を切る音を立て武器を左手で持ったままに背後へと回収してしまう。
鬼灯が振り返った時には既に、男は低めの体勢で着地した後だった。いつ持ち変えたのか、伏せるように伸ばされた右手には確りと得物が握られていた。

「・・・ふぅ。お強いですね」
「そうかな?君に言われると、嬉しいものだね」

どこか抜けていそうな口調で男、五道転輪王は微笑んだ。汗ひとつ浮かべない涼やかな顔に、ごく普通に呼吸するその姿に、鬼灯は眉を寄せた。案外、大層、とても、屈辱的だ。

「あまり動かないから、きっと明日は筋肉痛ですかね、」
「明後日でないといいですね」
「あははは、これは、相変わらず手厳しい」
「まぁ、貴方にチュンさんがいらっしゃいますしね」

鬼灯はいい加減区切りをつけるべきだろうと、鈍い音を響かせ金棒を下ろした。それをみてか五道転輪王はほっと息をつく。いやー危ない危ない。男は武器に使っていた鉄柱の様なもの、を杖がわりに立ち上がる。それから手を差し出してきた。

「流石だね」
「貴方こそ、チュンさんの上司なだけありますね」



今日はたまたまだった。五道転輪王の第一補佐官・チュンが午前休で偶々おらず、その上でその日審議をした最後の亡者が脱走を図ろうとした。その手段として、あろうことか五道転輪王へと向かって来たのだ。まあ、たまにはこういうこともあるだろう。五道転輪王は座席から立ち上がりつつも、どうしたものかと考えた。どうしてかは知らないが、使い勝手は良さそうな槍が近くに有ることにはある。が、果たして自分が手を加えてもいいものであるのだろうか、と。その時、たまたま鬼灯が書類片手にやって来た。よく来たと、亡者を鬼灯の方へと蹴り飛ばせば、彼は無表情のまま蝿か何かを相手にするかのように、金棒で叩き落とした。

「貴方、思ってたよりも良い身のこなしをしますね」

鬼灯は真っ先にそういった。うちの屑、いえ、閻魔大王にも見習って貰いたいと、首をふる。それから彼が心なしか笑ったような顔で言ったのだ。

「訪問しただけの私に、この仕打ち、迷惑料はもちろん貰えますよね?」

地獄の統治者たる閻魔大王の第一補佐官を相手に、礼儀正しいとはお世辞にも言えない行動をとったのだ。五道転輪王もどちらに非があり、歩があるか良く分かっていた。それで一本だけ、と相成ったのだ。が、それが中々決まらない。二人とも楽しかったのだから良いのだろうが、しかし、これが広まれば大問題だ。閻魔大王の第一補佐官が、十王が一人に得物を向け、あまつさえが勝敗がつかないなど。どちらにも、立場上示しがつかない展開だった。



「今日のことは、内緒に」
「はい」

彼の部下たちもコクコクとうなずいた。それに目を細めた五道転輪王は、場所を移そうと提案した。鬼灯はそれにならい後に続く。通れた場所は応接室の様でいて、執務室の様な場所だった。勧められたままに、鬼灯は柔らかいイスに腰を下ろす。そして五道転輪王も向かいに腰を下ろし、彼の部下たちに下がるように指示を出す。お茶の注文だけは、確りとしていたが。

「チュンはまだですかね。一応、もうそろそろ、出勤の筈なんですが」
「白豚、いえ、白澤さんの所ですか?」

五道転輪王の部下の一人がどうぞ、と、お茶を差し出し、失礼しました、と、退室していく。きれいな若草色だ。丁度良い湯加減で香りも良いそれを少し啜り、一緒に出された茶菓子を遠慮なく頂く。練り菓子だったのだ。仕方ない。そして、とても美味しい。

「たぶん?」

鬼灯と一緒にモグモグと菓子を食べていた彼は、飲み込んだ後そこまでが作法であるかのように、極々自然に茶を啜った。

「良いんですか?」
「あの娘の自由だからね」

五道転輪王はぼんやりした顔で笑う。いつも通りだった。この人はぼんやりと言うかおっとりと言うか優しすぎると言うか穏やかすぎると言うか。だからこそ、次の言葉には大層驚いた。

「なんなら私たちも、"付き合って"みるかい?」
「はい?」
「決まりね」
「いえ、今のは、」

五道転輪王は素知らぬ表情では茶を啜る。鬼灯はその姿に毒気を抜かれた心地で息をついた。

「・・・まぁ、良いでしょう」

  ―私も、少し悪戯に時間を浪費することに焦れていまして。
鬼灯は嘯くように良い放ち瞳を伏せた。その姿に五道転輪王は目を細める。クスリと、小さな声が、室内に響いた。

「ちょーっとまったぁ!」

バァン!と両開きの扉が開かれた。そこから、出てきた人物を確認する前に、鬼灯は床に置いていた金棒を拾い、投げつけた。ぐふっ、と白い来客は潰された蛙の様な声を上げ、廊下の壁に後頭部を打ち付けた。ドゴォー、と常人なら死んでいそうな音が廊下に響く。そちらへ向かって、五道転輪王は極々普通に声をかけた。

「いらっしゃい、かな?どうかしました?」
「に、にーはお。」

流石は神獣、なのか、男は後頭部をさすりながら鬼灯の金棒を引きずり、入室した。扉は丁寧に閉めたが、金棒は捨て置かれた。死ねば良いのに。

「チュンちゃんを送り届けに、ね」
「それは態々ありがとうございました」
「白豚さん、お帰りはあちらです」
「んだと!僕は白澤だ!」

五道転輪王は笑っているだけだった。白澤は無遠慮に進行する。鬼灯は黙って茶を啜った。白澤は鬼灯の真横に来て立ち止まり、それからじっと、鬼灯を見下ろしていた。鬼灯は茶を啜る。白澤はそれをただ見てる。鬼灯は茶を飲み干した。白澤はそれをじっと見ている。鬼灯は湯飲みを置いて白澤の腹に拳を叩き込んだ。白澤は腹を押さえつつ耐えた。

「おかわりいる?」
「いただきます」

五道転輪王が声をかければお茶と茶菓子が届いた。三人分。五道転輪王は自分の元にやって来た茶菓子を鬼灯に譲る。とても嬉しい。白澤はそんな鬼灯をまだ見ている。いい加減鬱陶しい。

「気に入って貰えたようだね」
「とても美味しいです」
「また食べにおいで」
「是非」

鬼灯は用事をこなそうと書類を取り出した。五道転輪王は頷いてさらさらと記名する。

「で、白豚はなんの用だ」
「お前を待ってる」
「なんのために」
「一緒に帰ろうよ」
「断る」
「なんで?」
「逆になんでですか」

文章も一応確認したらしい五道転輪王が、書類を鬼灯に差し出した。鬼灯はペコリと礼をして受けとる。

「大体お前さ、好みのタイプはお前が作った味噌汁を笑顔で飲めるやつ、だろ?」
「なぜその話になるのかわかりませんが、それが?」
「コイツは飲めるのかよ」
「いえ、試してもらっていません、試してもらう気もありませんし」
「なんで」
「条件を変えましたからね」
「は?」
「誠実で博識、大人で落ち着いた穏やかな方が良いですね」
「それ、お前の好みじゃないだろ」
「なぜです」
「お前Sじゃん!」


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