乙女は街へ買い物に | ナノ
大人っぽいフォンダンショコラ



「返信こないなぁ…」

  まあ仕方ない、歳上の恋人はバレンタインに関係なく仕事に追われているのだろう。なんたって社長の席に座っている優秀なひとなのだ。たかが連絡がつかないくらいで我儘は言えない。
  恋人のマンション前でなまえが夕方…彼の仕事定時ごろから待っていたのであった。

「お嬢さん…今何時だと思ってるのか。馬鹿か。」

  一番星を見つけて久しく。夜が深まった頃に恋人は自宅のマンションに帰って来た。恐らくメールを読んでくれたのだろう、スマホを片手、それに眉間にこれでもかと刻み込んだ皺。
  かじかんだ手に息を吐いていたなまえが飛び跳ねる程低い声だった。

「危機感、というものを理解していただきたい。……襲われたいのか。」

  それともご希望通りに襲ってやろうか、このおれが。
  そう言って長身の強面、なまえの恋人は自宅へと引っ張っていく。「クロコダイル待って、」「お仕事邪魔しちゃいけないと思って…」「転けちゃう、」などと彼女は言い縋るけれども男は溜息ひとつ。

「黙ってろ。」
「っん、」

  口付けをして、それも往来でだ。深く舌を交じり合わせて彼女を黙り込ませてしまったのだった。部屋に入ればまた口付け、起こっているのか睦みたいのか定かではない。

「…っは、はぁっ、くろこだいる、くるし、」
「おれは無用心なお嬢さんにお仕置きをしているだけだ。」
「…ごめんなさい、でも…今日の内にどうしても渡したかったの…」

  差し出された紙袋をクロコダイルは、瞳を伏して受け取るのだった。冷えたそれにまた眉間に皺が寄る。一体何時からあの場所で待っていたのか。この愚直なまでに己をひたむきに想う女は、なまえは。

「あのね、甘さ控えめにしたの、味見もしたから、だから、食べてやってください…」

  声は次第に濡れていく、己が黙り込んだ所為で怒っていると勘違いでもしてしまったのだろうか。黙り込んだのには理由がある、合鍵を早急に作らせる防犯ブザーを持たせるetc…

「勿論頂こう。だが、おれが優先すべきはおれのおんなを温める事、それとお仕置きをする事だ。」
「きゃ、ぅ、」

  寝室に引っ張り込んだのはせめてもの温情。
  そして有能で優秀なこの社長殿は日付が変わる前に、しっかりとなまえが作ったフォンダンショコラを口にしたのだった。
  

『クロコダイルエンド』
フォンダンショコラ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -