深呼吸して、しっかり考えてみよう…
さて、こちらはうって変わってと或る一角。
お気に入りの深煎りが切れてしまったもので、コーヒー・ショップに訪れていたのは壮年の男であった。丸眼鏡をくい、と上げて見知った背中を見つければ忽ち目尻には柔い皺が生まれていた。
あれは、随分と歳下の、愛しい愛しい我が恋人ではあるまいか。これはなんたる奇遇だろうか。
おや、あちらは可憐なお嬢さん方が恋に悩むバレンタイン・コーナーじゃないか、成る程、つまりはなまえもそのうちのひとり。愛くるしい困り顔に、頬のしまりは無くなっていく。あぁあちらは手作りコーナーか、どうやら頂ける予定のチョコは…手作りらしい。実に喜ばしいかぎり。スライスアーモンドを握り締めているからに…フロランタンでもこさえてくれるのか。
乙女のこころは果物の様に瑞々しくて、どうにも複雑にできあがっている故に、声を掛けるのはナンセンスだろう。
「……おや、」
うむうむ悩むなまえの背後で何やらまごつく青年を見つけたのだ。あれは確か何処ぞで見たような…あぁ、そうだ、なまえにちょっかいを出していた青二才じゃないか。ゼミ生でも無いからすっかり名前は失念している。
はて、記憶が正しければなまえは己の恋人であるそして、あの青年は……おや連れも一緒か、一人で彼女に声を掛けることすら叶わないというのになまえに手を出すとは如何なものか、二人でなまえに声を掛けるのか感心しないな。大いに、不愉快。
然るべき措置を早急に取らねば己はコーヒー豆をぶち撒けてしまいそうだ。……節分はとっくに終わったというのにね。
「さて、諸君。」
「しっ、シルバーズ教授?どうしたんですかこんなトコで。」
「キミが…いやキミ達が声を掛けようとしている子はね、今手が離せないんだよ、いいかい?」
最愛の恋人の為に、一生懸命チョコレートを作ろうとしているんだ。そう、愛しい愛しいおとこの為に、ね。
お呼びじゃないんだ、青少年諸君。
そうまろび呟いて、壮年の教授は青二才達からいまだ悩み耽るなまえをそっと隠してしまったのだった。
これらすべて、なまえの預かり知らぬ話である。
気がついて、おまえは素晴らしいまでの悋気持ちの性悪だなと言うのはアーモンドたっぷりのフロランタンぐらいか。さて、はて。
「シルバーズ教授?」
「……ふたりっきりの時は何と呼ぶか教えてあげた筈だぞ?」
「ふふっ…レイリー?どうしたの?」
「いや?なんでもない、…これが美味いな。と思っただけだ。」
『レイリーエンド』
フロランタン(ひとりじめ)