作文 | ナノ
お子さまから目を離さず


ソファにはプライドのぬけがらが転がっていた。そばには精神力の鎧が重たく落ちていて、それを脱がしたテーブルのアルコールはほどほどに、やさしい。未成年といえばちがう。当時ならおそらくは、麦酒や焼酎くらいとっくに飲んでいる。
「おい」
肩をゆすると掠れ声でうなる。獣の野生を持つところがあった。なに、これはまたずいぶんなことだ、瓶をあけてるなどまったく呆れた。生まれたての獣、中身をあけるほどあかなくなった目を蕩かして、肩越しを瞬いた。どこを見てる、おれはそこにいない。
「カイトぉ」
「しばらく禁酒だ」
「ううん、だめ」
雫まで飲み干されたあわれなボトルを弔おうとテーブルに手を伸ばすとミザエルがつかんだ。引き寄せられる、座り心地のいいソファを選んだのはこいつだった。腰がゆっくり沈む。見越したはずの肩に頭がのってくる。遅くなったのは悪かった、むりに我慢を強いた。しかしアルコールに逃げるなんて、子供をつくるより早い選択肢なのか。
「いやだあ行かないで」
「あ、ばか」
「もう寝ようここで」
駄々をこねるな。仕事着というべき上着のファスナーをおろされた。脱がしてやる、と、何を抜けたことを言ってる? ものには段階とか順序とかいうものがあって、アルコールとはエレベータの異称であるからして存在するなら積極的に頼るべきであるという無意味なジョーク、いやいや、おれこそ混乱に乗じるな。薄手のタートルネックのまま腹部に顔を押しつけられて、ミザエルはずるずると無力にも滑りおち、待てそっちに行くんじゃない。これはたいへん危うい。おれは疲れているんだ、ほっといてくれ。こんなことでだまって眠れるなら、人類はとっくに滅びているじゃないか。
「行くなよう」
「わかったわかった」
「ああいじわる、うそは二度言うんだあ」
「うそじゃないよ」
しなる背に触れるべきか。おまえは名前のとおり惑星のようだ。いつもの派手な服、ベストの下に肩甲骨のふくらみが見える。なまめく起伏をゆるした腰のもとから白いスラックス、曲げた脚のせいで突きだした、やわらかそうなふたつの、ああもうどうしてこうなる。目をそらすと再び、行かないでの声。おれの一挙一動、よく見ている。子どものような必死さ。うらぎりと呼ぶなよ、眠るまでなら一緒でもいいって言うんだ。
深呼吸して仰向く、そう、眠るまでの辛抱だ。たてがみを撫ぜると喉を鳴らしそう、そういう生きものだとおもえば、おれはそんなに特殊な男ではないし、性なんか敵にならん。ショートカットのリスクは目覚めるとゼロにもどることだ。エレベータみたいにそこで待つ良心などない。濃霧の香りだけで酔いそう、匂いたつのはからだも同じ、夢占いは信じない、これだから、アルコールは好きではない。





もどる
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -