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「…きょ、や?」

竜胆は目を擦り軽く起き上がると辺りをキョロキョロと見渡した。

「牡丹なら公演に間に合わなくなるからと帰ったぞ」

そう…。竜胆は小さく微笑んだ。随分と楽しそうだった。確かに隈が出てきて睡眠不足だったのだろう。だけれど、初めて見る良い笑顔だった。遠く離れた彼を私は応援し続けるんだ。ごめんね、自分の夢が一番よ。だけれど、その次くらいは貴方を応援しているから、貴方も私を応援しておいて。そして鏡夜、ありがとう。牡丹の名を呼んでくれて。

「…皆に迷惑をかけてしまってごめんなさい。取り乱してしまって」

「当たり前だ、バカ」

鏡夜は目を伏せた竜胆の頬に手をやった。

「もう自分を傷つけるな。自分を追い込むな。忘れたのか?竜胆の手を引くのは俺らの、俺の役目だろう?だからお前の手は空けておけ」

「…そう、ね。ありがとう、鏡夜」

竜胆は自分の頬にある鏡夜の手に自分の手を重ねた。そして大きく深呼吸をした。

「鏡夜、私鏡夜の事が好きよ」

抑えきれなくなった自分の感情は息に乗って言葉になる。

「…でもね、返事はまだいらない」

「…何故?」

「…返事がどうであれ、私はきっと満足してしまうから。それに満足してしまったら、私はきっと牡丹には戻れない」

牡丹の為、と言うわけじゃない。今になってそんな事は言わない。自分の為に牡丹を続ける私になる。だからこそ、桜蘭で竜胆に戻るわけにはいかなかった。

「…随分と自分本位だな。俺の気持ちは無視か?」

「だって、私これから自分の為に生きるんですもの」

まるでいたずらっ子の様な笑みを浮かべる竜胆に鏡夜は微笑んだ。鏡夜こそ、いつか竜胆が自分の為に生きた時に言おうと思っていた台詞があった。

「…なら俺も返事はいらないから言わせてくれ」

「何?」

「俺は竜胆、お前が好きだ」

こんな間近で何を言うのかと思えば、その言葉は私のさっきの台詞の答えでもあるんじゃないの?竜胆はそう思っても、それは言わない。だって、こんなにも嬉しい事はないのだから。お互いの気持ちを知っているだけでいい。続きを言うのはまた今度。

「…ねぇ、わがまま言いたいの。聞いてくれる?」

「何なりと、お嬢様」

「キスして?」

「かしこまりました」

何でそんなに使用人風なのよ。竜胆はそう思いながらも目を閉じた。そしてすぐに感じる温もりに涙を零すのだ。唇が合わさった時間は数えてもきっと分からない。それくらい色んな感情に心を占められている。ゆっくりと離れて竜胆と鏡夜は微笑んだ。


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