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馨一人をお使いに行かせて、戻ってきた時、その顔を見て私は思わず立ち上がった。隣の鏡夜が首を傾げていたけれど、私は何も言わずに馨に近寄った。
常陸院馨の観察日記@
「馨!」
その顔は悲しくてどうしようもないという顔。それでも頑張って微笑もうとしているのが更に痛々しい。私は思わず馨の頬に手を伸ばした。
「…笑いたくないなら笑う事はやめなさい。私の前で笑顔繕ってどうしようって言うの」
「……やっぱ竜胆ねぇには敵わないや」
それにね、それは笑顔って言わないの。ただ口角をあげているだけなのよ。私は馨を抱きしめた。だって今寂しくて仕方ないって顔してるんだもの。
「…鏡夜。ごめんなさい。席を外してもらえるかしら?」
そう言うと鏡夜は何も言わずに部屋から出て行った。それを確認してから馨の目をジッと見た。潤んでいるそれは涙が溜まっている。
「…馨。どうしたの?言える?」
「…竜胆ねぇ…!」
馨の腕が私の背へきつくまわった。少し痛いけれど私は我慢出来る。だって、今はそれ以上に馨の心が痛んでいる証拠なのだから。
「……光が、離れてく…離れて行っちゃうよっ…!」
「……ねぇ。馨。少しお喋りしましょうか。私の話、聞いてくれる?」
馨の胸をそっと押して私は今出来る精一杯の笑みを浮かべた。震える馨の手をぎゅっと握って私達はその場に腰を下ろした。
「…私、牡丹と離れなきゃいけないって聞いた時、すっごい泣いたの」
それは幼い遠き日の事。
「泣いて泣いて…だけどね、気付いたわ。私泣くだけで何も伝えていなかったのよ。言ったって変わらないかもしれないけれど、言葉にしなきゃもっと意味がない。私はあちらでずっと後悔していた。でもね、きっと言っても後悔した」
どちらを選んでも後悔してしまうだろう。だったら私はやらなきゃいけない方を選ぶ。それは牡丹を縛らない事。
「え?」
「…だってその言葉が牡丹を苦しめたかもしれないじゃない?」
小さく口を開いた馨は私の手をきつく握って目を見て言うのだ。
「……竜胆ねぇが突然海外に行った理由、聞いてもいい…?」
「…そうね。言わなきゃいけないよね。ここまで言っちゃったら」
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