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「…痛い」

「黙ってろ」

そう言うと鏡夜の顔がどんどん近付いてくる。そう、なかなかやるじゃない。演技力は抜群?案外策士ね。あの子が居る角度からキスしている様に見えれば良い――…。そう唇横にキスくらいだと思っていたが、鏡夜の唇と私の唇は完全に合わさっている。何をして…!?そう鏡夜の胸を押し返そうとするも右手は鏡夜の左手に捕まっている。片手じゃ押し返す事も出来ない。ようやく離れた唇から思い切り息を吸い込んで鏡夜を睨みつけると鏡夜は笑みを浮かべている。

「な、何をかんが――…んっ…!」

もう一度キス。しかもそれは唇を合わせるだけのキスじゃない。鏡夜の舌が私の唇を割って入って来た。鏡夜の舌は私の舌を絡め取り、角度と形を変えて何度も唇が合わさる。ようやく離れた時には二人の間に糸が伝う。息が出来なくてようやく肺に入れた酸素。肩で息をしながら鏡夜を睨み付けた。

「…さて、次はどうすれば良いのかな?」

これ以上どうすれば…?心臓が張り裂けそうなくらい痛いと言うのに。鏡夜は何を思ったか私のネクタイに手を伸ばしていた。勿論口は塞がれている為に反論出来ない。Yシャツの第三ボタンまで外されて鏡夜は首筋に舌を這わせた後甘く噛みついた。

「っ…!ちょ、鏡夜っ…何、考えて――」

これ以上進みそうで怖かった。自分の思考は一瞬でも先を想像してしまったのだ。鏡夜を男だと思わなかった時はない。自分が男だと思った事は多々あったが、今程女だと自覚した事はない。

「……行ったな。これぐらい見せ付けておけば大丈夫だろう?」

鏡夜の拘束が離れて私は力が抜けてその場に座り込んだ。心臓が痛い。ドキドキを通り越してバクバク。全身が脈打って、顔も絶対真っ赤だ。震える手でボタンを閉めようにも手が思う様に動かない。

「…やり過ぎたか?」

「…と、当然でしょ!」

やっと発した声のせいで喉がひりと痛んだ。酸欠状態。頭が回らない自分。鏡夜は私のボタンを直し、丁寧にネクタイまで締めてくれた。

「悪いな。どれぐらいがホモだと思わせるか分からなかった。あまりにも竜胆の安い挑発に乗ってしまったよ」

そう言う鏡夜に悪びれた箇所は見られない。わざとしたんだ、こいつ…。

「…私、ファーストキスだったのに…」

「奇遇だな、俺もだ。フェアだろう」

何がフェアよ。私は小さく呟いた。それと同時に悲しくなった。簡単に捨てられる程のファーストキスを鏡夜は私に投げつけたのだ。しかも強引に。

「…キスはあれね。ちゃんと思いの通じ合った二人じゃないと苦しいだけね」

息も心も。

「…そうか」

この時私は気付いていなかった。鏡夜の悲しそうな顔を。私が泣き出しそうな顔をしていた事を。

「……今回の事で懲りた。自分、女辞めたい」

もし自分が男だったらこんな事に苦しまずに鏡夜の親友でいられたのだろうか。真っ直ぐ夢だけを追っていたのだろうか。こんな痛い程大きな感情を作る事もなかったのだろうか。好きで、鏡夜が好きで、大好きで。男と女の間で揺れている自分が居て、夢と現実の間にも自分が居て。自由になりたい、今すぐ全てを投げ出したい自分が居て。

「…俺は困るな、それには」

一人同士だった頃の私と鏡夜はもういない。




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