校内に不穏な空気が流れた。赤札が貼られた時以上のもの。すれ違う人皆怒りや侮蔑の表情を浮かべながら牧野つくし、許せない等と呟いている。ただ事ではない、光は瞬時にそう思った。
「…ねぇ、何があったの?」
「え…?知らないの?牧野つくしが道明寺さんを裏切ったのよ。掲示板にね、男と寝てる写真貼られて――」
それを聞いて光は眉間に皺を寄せ走り出した。光が居た場所では、
「今の宮永さん、だよね?雰囲気違ってた…」
驚きの声や恐怖心等光自身の耳には届かない。これはひどい。えげつない。今まででもひどいいじめがあった。それでも牧野さんは闘ってた。私はいつも少し助けるだけ、私はそんな事はしないと傍観者の仲間。そんな自分が悔しかった。自分だけ守って牧野さんを見殺しにしたようなもので。私はいつもそうだ。私はいじめに参加していませんよ、そう言いたいだけ。結局何もしていなくて。牧野さんだから助けたい、違うよ。
「違うよね、お父さん」
目の前でいじめが起こったら助けたいと思う。自分を助けたいだけだったね。私はこんな自分になりたかったの?違うよ、私は牧野さんみたいになりたかった。いじめられても負けずにしっかりと前を向いて歩いて、歩み寄れる、そんな女の子になりたかった。今の自分はそれ?違う、こんな自分、もう疲れちゃった。
「牧野さん!」
光は大きな声を出す。観衆がいればすぐ見つけられる。そう思った光の考えはピッタリ。車の後ろに縄に縛られている牧野さん。その頭から血が滴っている。なんてえげつない事を。
「あなた…」
つくしの声。この子はあたしに声をかけてくれたあの子だった。勇ましい女勇者のような。光はそれに答えるように小さく笑みを浮かべる。
「…おばあ様、ごめんなさい。私、やっぱり宮永の子じゃありません」
呟いた言葉。
「何だよ、お前!」
つくしを背に、少し待ってて。光は長いお下げを解いて、眼鏡を外して投げた。
「私、百人斬りしてみたかったんだよね」
ここにいるのは三十人くらいだけれどね。光に飛び掛ろうとしてきた男子をまず一発殴る。今度は殴ろうとしてきた男子のパンチを避けて顎に一発。後ろから来た男に回し蹴りをかまして、その勢いで隣の男の腹に一発。長い髪が翻る。
「…さて、次は誰が相手になってくれるのかな?」
光は笑みを浮かべた。そもそもこんな金持ち学園にケンカ慣れしている人間なんて少数。軽く武道をかじっている程度。
「こいつやべぇって!早く車走らせろ!」
「牧野さんっ!」
一体こいつらは何がしたいんだ!そんな気持ちと車はスピードを出していく。流石にそれに追いつける足は無い。