「おい、光!」
「ん?」
先を歩いていた光は振り返って西門の顔を見た。こうやって外で見ていると気が削がれて良いのかもしれない。部屋に二人きりだとどうしても意識してしまう。それがその内バレてしまいそうで怖い。この人は勘の良い人だから。
「飯食いに行くってまだ先だろ?」
「うん。でも一回家に帰って制服着替えなきゃ」
「…にしても、随分と気に入られてんだな」
茶室に生ける華だの夕食だの、指導も受けてると光は言う。正直婚約者の親との食事なんて面倒過ぎて考えたくもない。西門もそれには光を通さないで誘われた事は無かった。
「お前めんどーじゃねぇの?」
「何で?」
「好きでもねぇ奴の親に会って、気に入られるように気遣って、愛想振り撒いて」
西門の言葉に光はん〜とうなり首を傾げて言う。
「総二郎さんの親だから。人として好きだって言ったじゃない。男としては嫌いだけど」
「…俺はいい男だけどいい人じゃないってのが売りなんだけど」
「私にとってはいい人だけど、いい男じゃないよ。いい男ってのはなりふり構わず好きな女を守る人。だから道明寺さんはいい男」
そりゃ俺も同感だわ、西門は小さく笑みを作って頷いた。そして出来るのは微妙な空間と間。
「…なぁ、光。お前さ、本当にそれで良いわけ?」
「突然何?」
「正直俺は助かってっけどさ、お前が好きでもない奴と結婚すんのをどう考えてっかだよ。お前本当はそういうタイプじゃねぇだろ?どちらかと言えばシゲルみてぇに結婚は仕方なくしても、ちゃんと恋愛はしたい、ってタイプだろ」
突然何を言い出すのかと思えば…。光は一瞬眉間に皺を寄せた。そりゃ最初はそうだった。婚約なんて正直嫌で、ましてや結婚する相手は自分で選びたい。でも、おばあ様の為、宮永の為。そう自分を誤魔化していた。どっちも良い、正にその状態。だけれど、今となっては婚約者のポジションが有利だと思ってしまった。
「…私は汚い女だからな」
好きな人を婚約者という形で縛れる事を喜ぶ自分が居た。
「汚い?どういう事だ?」
ううん、なんでもない。そう笑って光は何度も嘘を吐く。
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bkm