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ありがとうございました。丁寧に頭を下げた。武道は礼節を持って。礼に始まり礼に終わる。光は父の言葉を重んじている。

「宮永さん、そろそろうちの道場に入門してよ。門下生としてさ。君強いし、美人だから良い看板になると思うんだけどな」

師範の言葉に光は苦笑いをした。そして汗をタオルで拭きながら答える。看板になんかなる前にこちらの看板が無くなってしまいそうだ…。

「私父に様々な武道を教わって、ちょっとこんがらがってるんで入門はやめておきます。私はこうやって毎朝汗を流させてもらってるだけで充分です。シャワーお借りしますね!」

道場と隣り合わせの師範の家のシャワーを借りて、汗を落とせば朝の運動終了の合図。この生活を始めてどれくらいになるだろうか。それすらも覚えていない程光はこの道場に通っていた。髪を乾かしながら自分は何の武道を教わったか考える。空手、柔道、躰道、合気道、ボクシングに…よく考えると娘を一体どんな風に育てるつもりだったのか、溜め息が出た。でも、体を動かす事が好きになったのは父の影響だろう。師範にお礼を言ってから、汗をかかない程度に走って学園へ。勿論大型の車が通れない裏道を。学園近くになればおしとやかに歩く。それが光の日課だった。自分の机に座り、本を一冊手に取る。文学を嗜むのも最低限必要で、英文もようやく辞書無しに読めるようになった。が、考えるのは学園の生活の事。そろそろどちらかに見つかるかもしれないな。西門総二郎の方はこちらに近付けば黄色い声で分かるが、牧野さんに真正面から見つかれば逃げる自信が無い。言ってしまえば良いのだろうか。いや、でも…。そう考えてる内に光の視界に影が落ちる。一体誰だ、本から視線を少し上げれば微笑む男。

「…ずるいですね、総二郎さん」

「いやいや、変装してるとは気付かなかったよ、光ちゃん?」

光の目の前にいる西門は普段は着ていないはずの制服を着ていた。それにご丁寧にマスクとレンズが厚い。さすがに髪と背は誤魔化されないだろうが、周りの女子達はえ?と首を傾げている。光も同じように眼鏡と三つ編みだったのだが。こんなに地味ならさすがの西門も気付けないだろうと納得。

「でもね、やっぱり分かる。気を抜くはずの読書をしながら、ピンと背筋を伸ばせるのは、和服が定着している証拠。目を逸らせない」

「和服は帯によって背筋が伸びますからね。仕事着として毎日着ていればそうなります。それに背筋伸ばしていないとおばあ様に怒られます。普段から誰が見ているか分からないのだからと」

「うん、良い教育だ」

それにしてもここでは目立ってしまう。先程から視線がチラチラこちらを訝しげに見ている。光は本を閉じ立ち上がって西門に小さく声をかける。そして来た場所は屋上だった。屋上の更に上の雨水ポンプの上。西門は腰を下ろし、堅苦しい制服のボタンを外した。

「なぁ、何で変装なんかしてんの?眼鏡似合わねぇし、三つ編みとかビンボーくせぇ」

光は眼鏡を外し、そっと三つ編みを解いて、手櫛で髪を整えた。三つ編みの跡が残らない程ストレートの髪は吹いて来た風に舞う。

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