「牧野さん、これ使って」
いつだっけ。いじめられて卵をぶつけられた時あたしに声をかけてくれた女子が居た。つくしは顔を上げるとその女子は顔を背けた。だけれどハンカチだけはこっちを向いている。
「でも、汚れる…」
「ハンカチで汚れ取らないで何で取るの?」
その女子は笑いながら言った。確かにそうだ。つくしは差し出された高そうなハンカチを手に取った。この学園に自分に声をかける生徒がいるのか、そう思いながら。
「それあげる」
「あ、ありがとう!」
…ごめんね。目の前の彼女はそう呟いた気がした。彼女はつくしと目も合わせる事無く歩いて行った。後ろで一つに結ばれた長い黒髪のお下げとスカートが翻った。その後ろ姿は背筋をピンと張って颯爽としていた。格好良いと思った。つくしは後日新しく買った安いハンカチを持って助けてくれた彼女を探したが、見つからなかった。まるで隠れているように、避けているかのように。
「まぁ、そうだよね…。あたしと会ってる所見られたら厄介か…」
自分で呟いて少し悲しくなった。今あたしは全校生徒からのいじめの的。一緒に居るだけでいじめられる可能性がある。なら、黙っていよう、いじめようのどちらかに分かれている。
「あれ、牧野つくし」
またあんたか。つくしは小さく溜め息を吐いた。
「何ですか」
相手は西門総二郎。何回か学園内ですれ違っていたが、ここ最近それが多い気がする。そして西門の隣には同じく女好きの美作あきらの姿。ふわふわした髪が軽く靡いた。
「なぁ、この辺で黒髪美人見なかったか?」
「はぁ?」
「真っ黒でストレート、腰くらいまである長い黒髪の女」
「…知りませんよ」
一応敬語。一応先輩。こいつらのせいであたしがどんな目に合っていると…そう思ったがつくしはそれを飲み込んだ。
「ったく。あいつどこにいんだよ」
「あ、この前言っていた宮永光、さん?」
「そーそー。よく覚えてたな」
「同姓同名の知り合いがいるんで」
残念ながら英徳に通ってはいないので、別人だろう。あれ?でも、彼女の通っている高校を聞いた事はない。いつも何だかんだ言ってはぐらかされている。もしかして家の事情で高校に通っていないのかもしれない。そう思うと深くは聞けなかった。