「西門家の茶室に華を生ける…?」
一体どうしてそんな事になってしまったのか。正式な婚約発表こそまだだが、婚約している事になるのだから仕方ないのか…光は小さな溜め息を吐いて、最近溜め息が多い事に気付きそれを飲み込んだ。おばあ様の事だから早く行ってきなさいと言うのだろう。着物に着替えながら思う。責任重大な事をどうして私に任せるんだろうか…。違うな、私の腕前を見たいのだ。一人で着るのにもようやく慣れた着物の帯をきつく結った。気合を入れるように髪を結うのにも力がこもった。
「…ねぇ、これって挑戦状みたいなもん?」
「あぁー…まぁ、そうだな。お前の腕前を見ておきたいんだろ」
適当な西門の言葉。それに光はニッと歯を見せるように笑みを浮かべる。
「私さぁ、勝負って燃える性質なんだよね」
西門家の大きな門を潜れば光はまるで別人のような凛々しい立ち姿。
「おかあ様、お久しぶりです。今日は重役、しっかりと勤めさせて頂きます」
恭しく頭を下げる光を見て西門は驚く。この前雨水ポンプの上で爆笑してのた打ち回っていたのはどこのお嬢様だったか、軽い溜め息物だ。そして華を生ける姿はとても美しい。集中力を欠かさず華と真剣に向き合っている。指先までも所作が美しい。着物を知り、華を知っている人間の動き。緊張感漂う空気、西門は思わず目を奪われた。
「こちらになります」
質素な花器は豪勢な花器に変貌した。典型的な生け方ではない、若者らしく独創性もある、謙虚な部分もあるが大胆な部分。光を知っている人間からすれば光そのもののような美しさ。西門の母親から大絶賛を貰った後、光は集中力が切れたようにふぅと安堵の息を吐いた。
「…お前ってまじすげぇのな。流石」
「これでも神童って呼ばれてますから」
ガラじゃないけどね、そう言ってから光は小さく笑った。
「じゃあ、私帰る」
「もう帰んの?」
「ここに居ても仕方ないし、今日バイトが――…」
そう言ってから光の口が止まった。バイトと口走ってしまったが、どうやって誤魔化そうか。
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bkm