「将来結婚したい人が出来たなら私にも紹介してよ。ちゃんとした人にしてね。そしたら私はこの人に負けたけど悔しくないなって思えるし、婚約破棄だって――」
光はいつものように西門に手を伸ばした。
「やめろっ!」
その手を振り払った西門。二人の息は止まったまま。呆然として、壁掛け時計の音だけが虚しく流れる。
「わりぃ」
「…びっくりしたなぁ、もう。何、白昼夢でも見てた?」
この気まずい空気から普段の空気が恐ろしい。過去の事を思い出す、過去の事に重なり過ぎている。また無くなる?俺はまた一期一会を逃す?
「でも、流石に傷つく」
「…泣くのか?」
「はぁ?」
西門の言葉に光は笑った。どうして私が泣かなきゃいけないの?そもそも手を払われたくらいで泣いたりはしないよ、傷つくくらいだけ。光は小さく笑った。あの時の彼女と重なった。あの日、ビルに行っていたら、今頃どうなっていたのか。こうなっていて欲しい、そんな感情を抱いて光を抱きしめた。
「……ねぇ、今私を誰と重ねてる?」
「……」
「だんまり?卑怯だね、相変わらず。あのね、女が手を振り払われるより傷つく事教えてあげようか?…別の女と自分を重ねる事だよ」
光はそっと西門の胸を押した。
「…でも、まぁ。私は子供じゃないからその辺は許してあげる。その誰かの代わりをしてあげても良いよ?何すれば良いの?デート?キス?ベッド?それとも何も言わずに抱きしめていてあげようか?」
「……お前何がしてぇの」
「…何だろうねぇ。あなたの別の顔が見たいのかな。私に頼ってくる姿、みたいのかも」
「…じゃあ、気が済むまで抱きしめられてろ。後黙ってろ」
光は言われるままに西門に抱きしめられていた。頼られると嬉しいけれど、この人の場合は特別嬉しい気がするのは好きだから。誰かに重ねられていようがいい。総二郎さんと付き合ってきた女の子達の中にそう思った子がいるだろうね。それでもいい。そういう私をきっとあなたは認めてくれるから。
終
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