光はぼんやりと街を歩いていた。優紀とどうやって別れたのかいまいち覚えていなかった。そんな時光の携帯が鳴った。光は相手も見ずにそれに出る。
《もしもし、宮永?》
「……あ、花沢さんですか。どうかしましたか?」
《お茶点てて》
空気の読めなさと言うか、この気持ちが紛れる雰囲気に光は仕方ないですね、と微笑を浮かべながら答えた。それじゃあ家に来て下さい。光は先に家で類を待つ事にした。
「はい、花沢さん。出来ましたよ。味は比べちゃ嫌ですよ?」
宮永家の茶室に類を通して光はお茶を点てた。類はありがと、と言いながらそれに口をつけてうげ、と小さい声を出す。
「お茶飲みたいって言ったの花沢さんなんですけど?」
「…苦い。ミルク入れたい」
「は、…私の芸術作品を汚さないで下さいよ!」
なんて事を言うのだ。確かに家元が点てたような立派なお茶ではないけれど、一応茶道は幼い頃から習ってきたつもりだ。それに不純物を入れようだなんて…光は呆然としたまま類を見た。
「えぇー…」
「何がえぇーですか、もう!かわいこぶらないで下さいよ!」
そしてそんな目で見ないで下さい。雨の日に捨てられている猫を見ているような気分だ。光はうっと息を飲んでから溜め息を吐いた。
「…その茶器からは移してもらいますからね。もうコップでいい。マグカップにしちゃいますからねっ」
「うん、それでもいいよ」
そしてその猫を拾って餌付けしてしまった。家では飼えない猫に懐かれたらどうすれば良いのだろうか。光は頭の中で考える。
「…じゃあ、私の部屋行きますか。ここだと気を遣うので」
光はすっと立ち上がった。その所作でさえ美しい。茶室はいつ誰が来るか分からない。花沢類が居る事にはそこまで問題ではないだろうけれど、あまり喜ばしくはない事は確かだった。
「…うわ、見事に何も無い部屋」
「花沢さんのお部屋と一緒でしょうが」
むしろそっくりだと思ったくらいだ。必要最低限の物しかない無駄に広い部屋。殺風景過ぎていつまでも馴染めない。光はテーブルの上にお茶を移したマグを置いて立ち上がる。
「花沢さんが気に入るような場所、ありますよ」