共犯者の庭





 新開くんが、学校内でうさぎを飼っているという噂があった。けれど、そのうさぎをみたことがある学生は少ないらしい。
 よく、クラスの女の子たちが、新開くんに「うさぎ見せてよー」と猫なで声で話しかけているけれど、それに対して彼がイエスと言ったことは、わたしの知る限り一度もない。それを恨めしく聞いているわたしもわたしで、新開くんがうまくはぐらかすたびに教室の片隅で安堵感を覚えている。そしてそのあとに、とてつもない自己嫌悪に襲われてしまう。
 わたしはあの子たちのように、新開くんに話しかける勇気がない。毎日、彼にばれないよう神経を研ぎ澄ませながら、密かに見つめている。





 わたしの所属している園芸部は、ただでさえ部員が少ないのに、そのほとんどが幽霊部員だ。週に3回の活動を必ずこなしているのは、わたしだけだった。
 わたしの家は、母の趣味でガーデニングをしている。そのため、幼いころからその手伝いをしているわたしも、庭いじりがすきだった。
 植えた植物がきれいに育つことは、とても喜ばしい。そのために、毎日毎日世話をすることはとても楽しい。水を浴びる葉っぱがきらきらと輝くと、わたしのこころも洗われる思いだ。
 園芸部の活動もそうだ。きれいに咲けば、必ず誰がみてくれるとわたしは信じている。
 なので、わたしは今日ももくもくと花壇の世話をする。土で汚れてもいいようにジャージと軍手を着用して、日焼け止めと麦わら帽子で日焼け対策も万全。
 ふう、と一息ついたとき、花壇にかかっていたわたしの影がぬっと長く伸びた。それと同時に自分の苗字を呼ばれる。わたしは反射的に「はいっ」と大きな返事をして後ろを振り返った。すると、視界に入ってきたのは思いもよらない新開くんの姿で、わたしは目をこれでもかというくらい見開いて、うおっだかふおっだか変な声が出てしまった。
「驚かせてごめんな」
 困り顔の新開くんにそう言われて、わたしはぶんぶんと首を横にふる。
「わ、わたしも熱中してて、無視してなかった?」
 新開くんは「へーき」と言ってわたしの横にしゃがみ込む。新開くんは、鞄を肩にかけて制服を着ていた。今日は、自転車に乗っているときのぴったりしたユニフォームじゃない。珍しく、部活が休みなのかなと思う。
 密かに見つめていた新開くんとはちゃんの話したことはなかったし、ましてやこんな距離にいることなんて一度もない。隠しきれない動揺を少しでも収めようと、わたしは再び花壇に向き合う。
「おめさん、よく草むしりしてるだろ」
「う、うん」
「その草ってどうしてんの」
「そのたびに焼却炉に持ってって処分してるよ。」
「それってうさぎが食える草かな?」
「えっ、うーん。うさぎは食べないんじゃないかなぁ」
「だよなぁ」
 がっくりと肩を落とした新開くんは、はぁとため息をついたあとに「急に悪かったな」といって立ち上がってしまった。
 うさぎって、新開くんが飼ってるとうわさの子だろうか。せっかく新開くんと話ができたのに。わたしは彼を引きとめようと「でもっ」と声を上げた。新開くんの大きな瞳がわたしを捉える。
「うさぎってハーブすきだよね」
「らしいな。ネットでみた気がする。」
「うさぎって、新開くんが飼ってる子のこと?」
 そう言ってから、対して話したこともないのに気持ち悪いことを言ったかもと思い、「クラスの子から聞いて」と言い訳をする。新開くんはさして気にする様子もなく「そうだよ」と頷いた。
「その子のエサを探してるの?」
「そうなんだ。結構エサ代がかかっちまって。」
 わたしは「そうなんだ」と、聞こえるか聞こえないかのボリュームで口にしたあと、ごくりと唾を飲み込む。
「あのね、新開くん」
「ん?」
「わたし、家でガーデニングしてて、ハーブも育ててるの。だから、それよかったらあげようか?」
 わたしにとっては、一世一代の提案だった。もしかしたら迷惑がられるかもしれない、疎まれるかもしれない、そんなことがぐるぐる頭を巡って、口の中はからからだ。だから、新開くんが「いいのか?」と尋ねてくれたときは、正直ほっとした。
「あっ、でも、一応お母さんに聞いてみないとわかんないかも」
「ほんとか?そしたらすげー助かる!」
 新開くんはにこにこと上機嫌で、それを見たわたしは、顔が真っ赤になっている気がした。なんだか、頭がふわふわする。
「たぶん大丈夫だと思うから、そしたら明日にでも持ってくるね。」





 いつものスクールバッグの他に、右手に握った紙袋が、無性に存在感を放っている気がする。中には小分けにしたハーブたちがジップロックに入っている。イタリアンパセリ、レモングラス、ローズマリー、それからタイムにセージ。お母さんが動物好きでよかった。事情を話すと、快くわけてくれたし、また欲しいときは言ってと話してくれた。 それから、うさぎの写真を忘れず撮ってきてと。
 どのタイミングで新開くんに話そうか、どきどきしながら教室に入る。わたしの席は廊下から2列目の真ん中らへんで、クラスメイトに挨拶をしながら席に辿り着くと、窓際の席である新開くんが近づいてきた。
「おはよ」
「おはよう、新開くん」
「どうだった?」
 主語も修飾語もないその言葉に、新開くんがどれだけ昨日の話に期待していたのかがわかった。わたしじゃなくうさぎのエサというのが悲しいところだけど、しょうがない。
 「持ってきたよ」と、右手の紙袋を差し出すと、新開くんは「うわぁ」と嬉しそうな声を上げる。
「来て。」
 ぐいっと腕をひっぱられ、わたしは慌てて新開くんについていく。置き損ねたスクールバッグが、そのまま腕にぶら下がっている。

「かわいい」
 連れてこられたのは校舎の端にあるうさぎ小屋で、今わたしの目の前ではうわさのうさぎがもそもそと、持ってきたハーブを口にしている。
 この子はウサ吉という名前らしい。名付け親は、もちろん面倒を見ている新開くん。
 手のひらで背中を撫でてやると、ウサ吉は気持ちよさそうに目を細めながらも、葉っぱを食べる口元は動いたままだ。思わず、今日2回目の「かわいい」がこぼれる。そんなウサ吉を見て、新開くんは「すげー食いつきいいな」と笑った。
「ハーブの香りにつられるのは、うさぎも同じなのかも」
 ハーブティーの香りでリラックスしたり、香草焼きの香りに食欲がそそられたり、ハーブの香りはわたしたちの鼻腔を心地よくくすぐって、様々な効果を生み出す。
「ねぇ、おめさんもこの葉っぱと似たニオイがする」
 すん、と鼻を寄せてきた新開くんに、わたしの胸はどきりと跳ねる。ウサ吉を撫でて気を紛らわせながら、「レモングラスのコロンつけてるからかな」と言った。
 そう言う新開くんは、朝練の後なのか制汗剤のさっぱりした香りがする。そんなことがわかるくらい、新開くんの近くにいるという事実にわたしはふらふらと熱っぽい気分だった。
 ただひとつ、不思議なことがある。このうさぎ小屋は、何年か前から物置になっていたと聞いたことがある。このうさぎはどういう経緯でここに住むことになったのだろう。
「この子、どういう経緯で新開くんが面倒をみてるの?」
 わたしの問いかけに、新開くんはウサ吉に目を向けたまま曖昧に微笑んだ。ただ、それだけだった。

140820

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