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 僕は、ナマエをエレンとミカサに会わせてあげたいと考えていた。外の世界に興味を持っている子がいるとわかったらエレンは喜ぶだろうし、ミカサも年齢の近い女の子と友達になれたら嬉しいだろうと思った。

 そのことをナマエに言おうと思っていたその日、彼女はいつもの時間になってもやって来なかった。何かあったのかとそわそわしながら待っていると、僕を呼ぶ大きな声がした。ナマエの声だった。そちらに顔を向けて手を振ると、僕の動きが止まった。ナマエの様子が明らかにおかしかった。
 走る足取りは不安定で、僕のところにたどり着く前に彼女は転んだ。驚いて駆け寄り、彼女をの身体を起こすと、まず目に飛び込んできたのは赤く腫れあがった頬だった。その上を瞳からあふれる涙が滑り落ち、とめどなく頬を濡らした。彼女を起こしたときにずり上がったブラウスの袖から見える腕には、何か所か赤く腫れている部分があった。僕はぞっとして、声が出なくなってしまった。

「アルミン、助けて」

 そう言うナマエの声はからからに掠れていて、走ってきたせいか息も上がっていた。

「わたし、連れていかれちゃう」

 その言葉の意味をすぐに飲み込むことはできず、とにかく混乱する頭のなかで、僕はとりあえず人目につかないところに隠れるという選択肢を選んだ。ナマエは大粒の涙をこぼしていたが、それを自分で拭う余裕すらなかった。僕はポケットからハンカチを出して彼女の手に握らせた。

「とりあえず、涙を拭いて。」

 そう言うと、ナマエは必死に首を縦に振った。できるだけ通りから彼女の姿が見えないように、僕の身体で彼女を隠した。もともと人通りの少ない小路だから、誰かに見つかることはないだろうが、今の状況を誰かに見られると話が余計にこじれそうな気がしてた。

「いったい何があったの?これは…君の体の痣と関係あるの?」

 ナマエの背中をさすりながらそう尋ねる。彼女は苦しそうに肩で息をしていて、体は小刻みに震えていた。

「わたし、わたしのお父さんだっていう人に、遠くに連れていかれそうなの。」
「…お父さん?」
「わたしにお父さんはいないって、お母さんは言っていたのに、アルミンと出会ったあの日、わたしのお父さんだって言う人が来たの。それでこの服に着替えろって、着たこともないようなきれいな服を渡されたの。嫌だって言ったらたたかれた。痛くて泣いたら、またたたかれた。それで無理やり服を着させられたの。」

 僕は血の気が引いていくのを感じた。自分の考えが的中していたことと、目の前の小さな女の子がそんな目にあっているという事実に。

「その人、お母さんのこともたたくの。わたし、お母さんのこと助けたかった。でもできなかった。体が動かなくて。その男の人がどこかに行ったら、お母さんはわたしに『お母さんは大丈夫だから、外に行っていなさい』って笑った。『あの人が戻ってくる前に、早く外に遊びに行きなさい』って。おかしいよね、お母さんの顔、見たこともないくらい腫れてるのに、笑うんだよ。わたし、遊びに行く場所なんてないのに外に出たの。誰にも見つからない場所でじっとしてようと思ったら、アルミンがわたしを見つけてくれた。…うれしかった。」

 ナマエはそう言って、涙を流しながら無理やり笑った。腫れ上がった頬が言葉にならないくらい痛々しかった。
 僕はどうすれナマエを助けられるか考えた。ナマエが暴行の最中逃げ出してきたのなら、ここにいても彼女のいう「お父さん」に見つかってしまう可能性が高い。僕の家まではそんなに距離はないが、ナマエが来た方向に自分の家があることを考えると、その人が彼女を追ってきていれば鉢合わせする可能性もあった。かといってこんなに傷ついたナマエを連れて遠くに身を隠すのは難しいことだ。傷の手当てもしなければならない。

「ナマエ、僕の友達の家に行こう。ここからそんなに遠くないし、その子のお父さんは医者なんだ。傷の手当もしてくれるよ。」

 僕の家よりは遠いけれど、エレンの家でかくまってもらった方が安全だと思った。ここから反対方向のエレンの家に行った方が、鉢合う可能性は低いはずだ。エレンもミカサもこのくらいの時間なら家にいるだろうし、ふたりがいないとしてもエレンのお母さんはいるはずだ。エレンのお父さんも診療に行っていなかったら、すぐに手当してくれると思った。

「少し遠いけど、歩けるかい?」

 手を差し出すと、ナマエはか弱い力で僕の手を握った。僕はその手をしっかりと握り返し、歩き出した。

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テーマ「人外ファンタジー」
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