※大学生





警告音のけたたましいアラームがベッドサイドからぎゃんぎゃんと響いて、眠りに沈んでいた意識が朝の部屋へと引き戻されて行く。
荒北は長い腕を伸ばし、ベッドからは出ずにアラームを止める。それから、ディスプレイに表示された時間を見て、細く息を吐いた。
ベッドから降りると、じんわりと冷たいフローリングが足の裏を撫でる。それから、クローゼットのなかにある杢グレーのパーカーを取り出して羽織る合間に、ちらりと寝床に視線を向けると、毛布に包まっているなまえが目についた。先ほどのアラームごときでは目覚めることもなく、ぐうぐうと眠っている。頭の上まで毛布をひっぱり、隙間から器用に顔を出しており、その姿はさながらハムスターのようだった。一方で、毛布を引き上げすぎているせいで太ももの真ん中から下が丸見えになっている。
 ―――まったく、意味わかんねェな。
 荒北はそう思いながら、自分のかけていたタオルケットをなまえの脚にかけてやった。


 狭いキッチンで、荒北は手際よく朝食の準備を始める。
 まず、電気ポットのスイッチを入れ、湯が沸く間にレタスとばりばりと千切って、ミニトマトと一緒に皿に並べておく。
 次にヨーグルトを小皿に盛り付け、上にブルーベリージャムをかける。
 それから、トースターに食パンを2枚入れてダイヤルを長めに回したとき、電気ポットのスイッチがパチリと音を立て、湯が沸いたことを知らせた。なまえの好きなキャラクターの絵が描かれた、ベタな色違いのマグカップふたつにインスタントコーヒーの粉を放り込み、湯をとくとくと注ぐ。薄いグリーンのカップにはたっぷりと。もうひとつのピンクのマグカップには6分目くらいまで。それにはマグカップ牛乳を注いでカフェオレにしてやる。
 チン、とトースターがかわいらしい音を立てたので、中の食パンを取り出して皿に並べる。端がこんがりと色づき、いい焼き具合だった。
 ここまで出来上がっている朝食を狭いテーブルに並べてから、荒北は起きそうにもないなまえを起こしにいく。
「おーい、なまえチャァン」
 何度か呼びかけても反応がなく、苛立った荒北は彼女が包まっている毛布を引っぺがそうとした。しかし、どういう具合か毛布はなまえの身体に絡みついているようでびくともしなかった。
 仕方なく肩をゆらしながら呼びかけ続けると、なまえはようやく目を覚まし、ぼんやりとした目をこすりながら「おはよう」と言う。間延びしたその声に、荒北は力が抜けていく気がした。
「はいはい、おはよォ」
「やすともくんおこしてくれてありがとう。でもあとごふんねかせて」
「冗談やめてくれなィ?」
「わたしはいつだって本気だよ…」
「そんな寝ぼけた声で言われてもねェ」
 へらへらと目を細めて毛布にくるまったなまえは「まだ寝たいよぉ」と駄々をこねる。荒北はため息をつき、彼女にだけ通用する最終兵器を持ち出した。
「どーでもいいから起きてくれないと、目玉焼きが堅焼きになるけどォ」
 その途端、なまえは毛布から顔を出し「それはいやだ…」とひとりごちる。もぞもぞと毛布を被ったまま身体を起こしたなまえだったが、ずるりと毛布が剥がれ落ちて、すとんとした華奢な肩がむき出しになる。
 なまえが寒いと口にする前に、荒北はクローゼットから薄桃色のパーカーを取り出してベッドに投げてやった。それをのんびりした動作で羽織ったなまえは、テーブルに並べられた朝食を見てにやりと笑う。キッチンに戻ろうとした荒北の後ろから、突然機敏な動きになったなまえがしがみついてきた。
「靖友くんありがとう」
 ゲンキンなやつだ、と荒北は思う。「ウゼェ」と返してやると、なまえはさらににこにこして気色悪いくらいだった。
 けれど、も寝起きのむくみがちの顔で、しあわせそうにしているなまえを見ると、荒北はきちんと半熟の目玉焼きを作ってやらねばと思うのだった。

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