家に帰ってから、一度でもハルくんからメールが来たら、その日の晩はぐっすり眠れる。朝起きて、顔がゆるんでしまうくらい幸せな夢を見るときもある。当然その日は、1日中浮かれていて、とっても元気。誰とでもにこにこ話せるし、苦手な数学の授業があっても落ち込まない。その姿はコウちゃんに「周りにお花が咲いてる」と称されるくらい。
 でも、そうじゃないとき。家に帰ってから一度もメールが来なかったとき。わたしは眠る時間も惜しんで彼からの連絡を待ち焦がれてしまう。もちろん、わたしからメールはする。けれど、本当に他愛もない話だから、ハルくんの中で重要性が見つからなかったから、返事を返してこないのだと思う。思う、というのはちゃんと聞いたことがないから。本当は全部のメールに返事をくれたらうれしいけれど、ハルくんにはハルくんの都合があるし、「何でメールの返事をしてくれないの?」と問い詰めるなんて自分が恥ずかしい。それって自分のことしか考えていないじゃない。だけど、返事がこなくて不安でさみしくて、ハルくん今なにしてるのかなと考えながら、真っ暗な部屋の中でうらめしく携帯を見つめるわたしもずいぶん滑稽だ。
 最近は枕元に携帯を置いて眠るようになった。電磁波が睡眠によくないとか聞いたことがあるけれど、「もしかしたら」という気持ちが大きくて、そのときすぐに携帯を見れるようにしておきたくて。うとうとしててもわかるように、音も出るようにしてある。たまにメールの問い合わせをしてみるけど、当然ないものはなくて、溜息をつく。そうやってる間にメールが来たことは一度もない。
 

 今日も、メールが来なくてついつい待ってしまう。メールがこなくても、明日になったら会えるのに。胸のはしっこが、じりじり焦げるような切ない気持ちになっていても、睡魔は襲ってくる。早く眠ってしまえと思う一方、「今だったらまだメールを送ってくれても間に合うんだよ、ハルくん」と届きもしないのに祈る。暗闇のなかで、ディスプレイの光がこうこうとわたしを照らす。そのせいで目がじりじりして、ごしごしと指でこする。


 わたしは今まで、自分はまあまあ穏やかな人間だと思っていた。あまり自分の意見を押し出さないしけれど、あれをしろこれをしろと押し付けてくる人も周囲にいなかった。だから、誰かと言い争ったり、ケンカすることもなかった。それに、自分の考えていることの半分くらい達成できれば、それなりに満足できてしまうので、できない自分にいら立ちを感じることもあまりなかった。友達とも家族とも、自分なりに楽しくやっていた。
 けれど、ハルくんに出会って、彼をすきになって、今までに経験したことのないどきどきや楽しさやよろこびを感じた反面、不安だとかつらさ、それから苦しさ、喉の奥にあめ玉がひっかかってるような居心地の悪さを感じたり、もっと話したいとかそばにいたいとか、大きな手に触れてみたいという欲求で胸がいっぱいになって気が遠くなるようだった。
 水泳部のみんなの協力もあって、長い階段を駆け足でのぼってくようにうまくいって、ハルくんとお付き合いすることになって、そしたらさっきみたいな気の遠くなる気持ちはなくなっていくのかなと思っていたけど、なくなるどころかどんどん増えていくし、ハルくんの行動や言葉ひとつ、わたし自身の行動や言葉ひとつで心が浮いたり沈んだり、ずいぶん忙しい。穏やかだなあと思っていたわたしはどこにいったんだろう。探してみるけれど見つかるはずもなくて、あのころのわたしが自然だとしたら、今のわたしは不自然。


 最後にもう一度、と思ってメールの問い合わせを始めると、急に着信の音が鳴り出した。あたふたと、相手をよく確認しないまま通話ボタンを押すと「もしもし」と男のひとの声がした。携帯を耳から離し、画面をよくよく見ると、ずっと待ち焦がれていた彼の名前が表示されていて、慌てて携帯を耳に持っていく。


「も、もしもし!」
「なまえ?」
「うん。どうしたの?」
「…何でもない。」


 電話なんて本当に急ぎの用事があるとき以外かかってきたことがない。だから「どうしたの」なんて聞いたけど、「何でもない」といったハルくんの言葉にわたしの頭のうえには疑問符がいくつも浮かび上がる。


「何でもないの?」
「うん」
「えーっと…」
「…何かないと電話したらいけないのか。」


 想像もしていなかったセリフに、ごくりと唾を飲み込む。時間差で顔が赤くなるのがわかって布団の中の体をぎゅうっと縮こめる。心臓がばくばくしているのが、触っていなくてもわかる。そんなわたしの姿を全く想像していないであろうハルくんは、淡々と話し続けた。


「さっき流れ星を見た。」
「そ、そうなんだ。」
「そしたら電話したくなったから、した。」


 「それだけ」とハルくんは言ったけど、なんだか意外にロマンチックな話で、ハルくんの心のなかにわたしがいたからなのかなと思ったら、涙が出そうなくらいうれしい。


「ハルくん、ありがとう。」
「何が?」
「電話してきてくれてありがとう。うれしい。」


 わたしが抱いていた不安や苦しさって、わたしばっかりが、ハルくんのことすきですきで堪らなくなっているんじゃないかということだったのだろう。学校で会って話しているときはあんまり感じないその気持ちが、お互いの家に帰って離れてしまったらわたしは途端に不安で苦しくなってしまっていた。ハルくんのメールは、それを満たしてくれていたのだと思う。


「今度はふたりで流れ星見たいね。」
「ああ。」
「えっと、じゃあ、また明日。おやすみなさい。」
「おやすみ。」


 耳元から携帯を離すと、画面はすでに通話終了になっていた。時間にして1分くらい。とても短かったけれど、心地よい時間だった。今日はきっとしあわせな夢を見れる。覚えていたら、明日ハルくんに夢の話をしよう。



140428:加筆修正



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