台所はうだるような暑さで、じっとしていても汗がこぼれ落ちる。髪をくくりあげてむき出しになっているうなじを滑っていく汗が、何だかくすぐったい。それに、換気扇のごうんごうんという音に頭がぼんやりする。このぼんやりの理由は、それだけじゃないとも思うけれど。

「ハル」
「うん」
「暑い。」
「…しょうがないだろ。」

 わたしを一瞥するハルの横顔にも汗が光っていた。ハルの家は昔ながらの作りだから、窓を開けておけば風が通って涼しいのだけど、さすがに火を使う台所は暑い。扇風機は回しているけど、それでも暑い。大きなアルミ鍋のなかはたっぷりのお湯がぐらぐら湧き始めている。
 わたしがそうめんの薬味を準備する横で、ハルは鯖を焼いている。そのこうばしい香りに、わたしの鼻はひくひくと動く。ハルの焼く鯖は、絶妙な焼き具合で妙においしいのだ。パリッとした皮に箸を入れて、じゅわりと油が溢れだす瞬間を想像すると、よだれが出てきそうだ。
 早く食べたいと思いながら、わたしはミョウガとネギ、それとシソを刻んで、大根としょうがをおろす。それからわさびと海苔も準備する。
 そうめんは夏の風物詩だと思う。お中元には必ずそうめんが送られてきて、食欲のない時でも真っ白な糸のようなそうめんを見ると、不思議とたくさん食べれてしまう。
 我が家も例にもれず、お中元でそうめんがどっさり送られてきた。お母さんが「ハルくんに持ってってあげな」と言うので、今日はそうめんの持ってきたのだ。
 もっとも、ハルにとって食事のメインディッシュは鯖で、そうめんはおかずみたいなものなんだろう。「薬味に鯖はどうか」と提案されたけど、「鯖は鯖で食べたほうが絶対おいしいよ」と答えたら納得していた。

「なまえ、お湯湧いた」
「わかったー」

 ごぼごぼと沸騰するお湯に立ち向かうと、顔面に熱気が覆いかぶさってきて、一気に汗が噴きだす。わたしはしかめっ面をしながら、そうめんを2束お湯のなかに入れてやる。一瞬なりを潜めたお湯は、しばらくするとまたごぼごぼと沸騰し出す。それを確認して、すぐさまひよこ型のキッチンタイマーを2分にセットした。
 その間に、ハルは鯖を納得いく焼き上がりに仕上げたようで、網の上から藍染の長方形の皿に鯖を移している。
 お湯が吹きこぼれないように注意して鍋を見ていると、キッチンタイマーがそうめんの茹であがり時間を伝える。鍋に向かおうとしたら、ハルが「俺がやる」と言ってくれたので、わたしは食器のセッティングをすることにした。
 真っ白な台ふきんでちゃぶ台を拭き、薬味の乗ったお皿とお箸、そばちょこを並べる。ハルがすでにお皿に乗せてくれた鯖も並べ、しょうゆも持ってくる。さっきまで飲んでいた麦茶はすっかりぬるくなってしまったので、冷蔵庫から冷たいものを持ってくる。
 「あとそうめんだけ?」とハルに声をかけると、「麺つゆは」と聞かれたので慌ててそれも冷蔵庫から取り出す。大事なものをすっかり忘れていた。350ミリリットルのピッチャーに作った少しだけ濃いめの麺つゆは、ちょうどよく冷えている。温くならないように氷を入れてやると、丁度よい味になる。
 麦茶をコップにに注いでいると、ハルがそうめんの大皿を持ってきてくれた。「ありがと」とお礼を言うと、ハルは「ん」と短く返事をする。

「じゃあ、いただきまーす。」
「いただきます。」

 ふたりでちゃぶ台を挟んで向かいあい、手を合わせる。麺つゆを器に注ぎ、思い思いの薬味を選び、そうめんを口に入れる。ハルがきちんと水で絞めてくれたし、麺つゆもひんやり冷たくてとてもおいしい。

「ピンクの麺はわたしが食べるから」
「うん。」
「ハルは緑ね。」
「…味は変わんないからどうでもいいだろ。」

 確かに味は変わらないけれど、気分的に違うとわたしは思う。真っ白な麺の間にひっそりとひそむ色のついたの麺を口にすると、訳もなくしあわせになれる気がするのだ。
 何気なく、「マコちゃんとかも呼べばよかったかなぁ」とハルに尋ねてみると、ちらりとこちらを見たような感じがしたのだけど、何も言わなかった。聞こえなかったのかなと思って、もう一度同じせりふを言うと、今後はじとっとわたしを見る。なんでそんな視線を向けてくるのかよくわからなくて首をかしげるとハルは視線をそらしながら「今日はいいだろ」と言う。
 わたしは鯖をよくよく噛みながら、その言葉の意味を考える。

「ハル、質問です。」
「何だ」
「さっきの言葉、“今日はふたりでいよう”ってこと?」
「…いちいち確認するな。」

 そうかそうか、図星だったのかと思うと頬がゆるむのを抑えられそうになかった。とりあえず、またそうめんを咀嚼して顔がにやけないようにする。
 口数は少なくとも、同じ空間でむかい合って食事の時間を共有することは、とてもしあわせなことだと感じる。これからわたしたちがどうなるかなんてさっぱりわからないし、何となく一緒にいるんだろうなという楽天的な想像しかできない。けれど、近い未来も、遠い将来もこんなふうに過ごせればいいなと思いながら、わたしは箸を動かし続けた。

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