01




 ナマエが書類の束を持ってエルヴィンの執務室に入って来たのは、彼の仕事が一段落したタイミングだった。エルヴィンは、コーヒーを淹れるため退出しようとする部下に対し、「彼女の分も淹れてもらえるか」と頼んだ。すると、ナマエはすぐさま「わたしの分はいらないわ。」と強い口調で断る。異なったふたつのメッセージに、どうすればいいものかと混乱する部下に向けて、エルヴィンは「2つ、お願いするよ」といつも以上にはっきりとした口調で指示を出す。眼鏡のフレームを押し上げ、ブラウンのカラーレンズの向こう側からじとりとエルヴィンを睨むナマエに怯えるように、彼の部下はぱたぱたと退出していく。

「わたし、こんなところで油を売ってる暇はないんだけど。」

 苛立った声でナマエは訴え、抱えている書類の束をエルヴィンに差し出す。以前、不備があり受領されなかったものだ。取り急ぎ確認が必要な書類の修正個所を伝え、早急にサインするよう催促する。エルヴィンはその箇所に目を通しながら「たまにはいいだろう。」と呑気なことを口にする。

「君が自らここを訪れるなんて、珍しいことじゃないか。」

 書類から目を上げ、ブルーの瞳でナマエを捉えるエルヴィンに対し、彼女は人差し指で書類を指さす。

「団長、早くサインを。」

 とんとん、と2回机を指先で叩く動作は、彼女がいらついている証拠だ。エルヴィンは大げさに溜息をついてから、ペンにたっぷりとインクを付け、指定の箇所にサインを書く。いつもより鮮明にサインが書かれた書類を摘み上げようとしたナマエの手首を、狙いすましていたかのようにエルヴィンの手が掴む。ナマエの手は、机に磔にされたかのように動かなくなり、同時に体の自由も効かなくなる。彼女の顔には不機嫌がべったりと張りついて、どことなく苦しげにも見えた。

「離してちょうだい、気持ち悪い。」

 口の減らないナマエの手首に、エルヴィンは力を込める。その瞬間、彼女の表情は明らかに歪む。

「あなたって、本当に悪趣味よね。」
「褒め言葉として受け取っておくよ。」

 しばらくの間、睨み合いの時間が続いた。振り子時計が秒針を進める、等間隔の音だけが部屋の中に響く。
 トントン、と控えめにドアをノックする音が響き、先ほど出ていったエルヴィンの部下が入ってくる。「団長、コーヒーを…」と言う部下の声が徐々に小さくなったのは、この部屋の空気がぎすぎすしていただけではないだろう。

「こ、こちらに置いておきますね。」

 来客用のテーブルにコーヒーを並べると、部下はそそくさと退出した。

「コーヒーも入ったし、座るといい。」

 にこりと微笑むエルヴィンに対し、苦々しい顔をしたナマエは舌打ちをした。


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