「みょうじさんて、葉月くんと幼なじみなんだね。」

 初めて同じクラスになる女の子たちからの決まり文句。わたしはしょうがなく、曖昧に微笑む。中学でこのやりとりも終わるかなぁと思っていたけれど、高校に入っても同じだった。「そうだよ」と受け入れることも、「だから何なの」とふりきることも、わたしのなかでは正解でないから。そもそも、正解さえもわかっていない。けれど、こうすることがいちばん正解に近い気がしている。


 渚は人とのつきあい方が上手だ。あんなに人懐っこいキャラクターをしていて、人のふところにもぽーんと飛び込んでいくのに、自分のふところに飛び込まれそうなときは、ほんとうに上手くそれをかわす。渚は、ほんとうに仲良くなりたい子じゃないと自分のほんとうを見せない。
 だからなのか、よく女の子から渚との仲を取り持ってほしいといわれるけれど、わたしは「自分でするのがいちばんいいよ」と、困った風に笑ってみせる。たいてい、良心のある子であればそこで諦めてくれる。たまにしつこくお願いしてくる子もいるけれど、「わたしには何もできないよ」といって断る。
 わたしには何もできない。ほんとうに、そう思う。なにより、自分が汚れていくのをみたくなかった。熱心な懇願に負けて、渚と女の子の仲を取り持ってしまえば、わたしはどす黒い色に染まるに違いなかった。こんなことしたくはないのに、わたしのほうが、渚のことをよく知っているのに。そうやって苦々しい思いをするのがいやだった。
 困った笑顔を作っているわたしのつまさきは、じわじわと黒色に染まっている。それが全身にまわらないように、わたしは努力しなくちゃいけない。
 結局わたしは、きれいごとで繕った、惨めでやるせない人間だ。




 初夏の柔らかな日ざしが頬をなでている。わたしは少しうつむいて、誰にもわからないようにあくびをした。手に握っているシャーペンは、先ほどから全く進んでいない。耳に入ってくる数式は魔法のことばのように右から入って左に抜けていく。算数のころから苦手な数学は、高校生になったいまも苦手なままだった。もう一生、すきにも得意にもなれないだろう。
 ふと視線をあげた先にいる渚は、すっかり夢のなかの様子だ。朝練で疲れてしまったのだろうか。渚は、高校に入って水泳部を立ち上げた。遙くんや真琴くん、コウちゃんたちと一緒に。竜ヶ埼くんという同級生の男の子も入って、とてもにぎやかそうだ。その様子を、渚は律儀にメールしてくれる。けれどわたしは、それを見るたびなんともいえない気持ちになる。うれしいとさみしいと、かなしいが混ざってぐるぐるとマーブルを描くような。


 入学早々にあった席替えで、わたしのななめ前は渚になった。前をむくと必ず目に入る、ふわふわの髪の毛。渚はななめ後ろがわたしであることをいいことに、何でもわたしに話しかける。テストの範囲はどこだの、この問題がわからないだの、日本史の先生の寝ぐせがひどいだの、物理の先生の白衣にクリーニングのタグがついてるのだの。わたしはそれが嬉しくもあり、隣の女の子を不憫にも思った。
 席替えをした日、彼女は隣が渚だということにとてもよろこんでいたようだけど、後ろがわたしだとわかるやいなや、笑顔の裏にがっかりした表情を見せた。わたしは密かに傷ついたけれど、彼女の気持ちがわからなくもない。事はすべて、彼女の想像どおりに進んでいるらしい。渚は時おり彼女と会話を交わすけれど、ほとんどわたしと話をしているから。しかし、その子を不憫に思えてしまうのは、ひどく卑しいことだった。わたしは、彼女より有利に立っている。密やかな優越感。生ぬるく、体にまとわりつく気持ちの悪いそれをわたしは幾度となく味わってきた。


 待ちくたびれたチャイムが鳴ると、教室のなかは急に活気を取りもどす。みんな待っているものは同じのようだ。
 シャーペンをふでばこにしまいながら、プリントを集めにきたクラスメイトに紙をわたす。すると、ななめ前の渚がこちらをむいた。どうかしたのと目で訴えてみせると、彼はふうわり笑い「ねぇねぇ」と楽しそうに口を開く。

「なまえ、花火しない?」
 急にそんなことをいわれて、わたしはすっとんきょうな返事をした。
「なんで今?」と笑うと、逆に「なんで笑うの?」と聞き返される。
「いきなりだし、時期的におかしいじゃん。花火って普通、夏よね?」
 そう尋ねると、渚は「ふつうじゃないことも楽しいでしょ」とにっこり笑う。
「入学記念に、楽しそうじゃん」
「入学記念にしては遅いし、花火なんてまだないでしょ。」
「うちにあるよー。残ってた。」
「え、それ湿気てるんじゃない?」


 きっとわたしたちは、このまま続いていくんだろうなあと思った。わたしは渚のことを小さいときから知っていて、渚もわたしのことを、小さいときから知っていて。他人のなかではきっと、お互いのことをいちばんよく知っている。だけどわたしたちは幼なじみなのだ。わたしがそれ以上のことを望めばきっと、上手くかわされてしまう。渚は、きっとそういう子。


140429:加筆修正


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