06
──カチャッ…
「失礼します。大変お待たせ致しました」
珈琲をテーブルに載せると
「あぁ…ありがとう」
お礼言いながら
高山さんは、短くなった煙草を灰皿に揉み消した
「あ、それから…悪いんだけど、ミルク貰えるかな?」
「あれっ?高山さんって、いつもブラックでしたよね?」
「そうなんだけど、今日はちょっと疲れているから、少し甘いのが飲みたくてね」
「そうでしたか…お仕事大変なんですね。すぐ、お持ち致します」
そう言って席を離れようとしたが、彼はさらに言葉を続けた
「…それとさ、ずっと思ってたんだけど、その“高山さん”って止めない?何だか、そういうの性に合わなくてさ……奈生でいいよ。周りも皆、そう呼ぶし…」
「えぇっ!?そんな事出来ませんよ!お客様ですし…」
突然の事に狼狽えてしまう
「いいから、いいから!ほら?俺、常連さんだし!!俺も“美羽ちゃん”って呼ばせてもらうからさ?」
「どうして私の名前……」
不思議に思っていると
高山さんは自分の左胸を右手の人差し指でトントンと軽く合図してみせた
「あっ、ネームプレート!」
自分の左胸に視線を落とす
「ねっ…?」
顔がクシャッとなる屈託のない笑顔に、私も釣られて笑みが零れる
「ふふっ…も〜分かりました。じゃぁ……奈生…さん?」
「う〜ん…。まぁ、よし!合格としよう!!」
奈生さんは、私の髪をクシャクシャッと撫でながらさらに目を細めて笑った
─────閉店後─
はぁ〜…
今日はいつもより混んでてなんだか疲れたな…
バックヤードで着替えを終えた私は、ロッカーに入っているバックの中から携帯を取り出し確認する
これがすっかり仕事後の日課になりつつある
恭一さんから連絡は無し…か…。今日も忙しいのかな…
───コンコンッ
「あっ、はい。どうぞ」
慌てて携帯をバックに戻す
ノックの後
静かに開いたドアの隙間から顔を覗かせたのは、ミケーレさんだった
「美羽、お疲れさま。――――おや?何だか今日は、いつにも増して表情が曇っているね?恭一から連絡がないのかい?そんな顔をしていると幸せが逃げてしまうよ?」
「ハハッ、も〜ミケーレさんには何でもお見通しなんですね…」
精一杯、微笑んでみるものの作り笑いをしている自分が何だか哀しくなってくる
すると
私を見つめていたミケーレさんが、腕を伸ばし頭をフワッと包み込んだ
「ミッ、ミケーレさん!?」
「………………」
こういう時、いつもなら“僕が慰めてあげようか♪”とか、冗談混じりに言うのに…
どうしたんだろう…?
言葉を発しないミケーレさんのいつもと違う様子に戸惑いながらも、どうしていいのか分からず、私はミケーレさんの胸に顔を埋めたまま立ち尽くしていた―――――――……
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