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〜詩音side〜
有り得ない!!
有り得ない!!
私に靡かない男がいるなんて…
何で?
どうして??
今まで腐る程、男に言い寄られてきたし、私にアプローチされて落ちない男なんていなかった
あんな女の何処がいいの?
美貌
知性
品性
全てにおいて私の方が上でしょ!?
それなのに……どんなにアプローチを仕掛けても、目も向けない恭一さんに苛々していた
───その時
不意に、視界の端の方で黒い人影を捉えた
視線を動かし、その人物を確認する
あの子……恭一さんの……
二度会っただけで…しかも、ここからは遠いが
あの背格好……きっと、間違いない
まるでタイミングを見計らったように現れた彼女に
私は咄嗟に、恭一さんのジャケットの胸元部分を引き寄せて
蛇が絡み付くように両手を首に廻し、背伸びをしてキスをしていた
私のモノにならないなら、2人の仲なんて壊れてしまえばいい…
私を差し置いて幸せになるなんて許せない!
唇を離した後、恭一さんが何かを言っていたようだけど
私には、自分の恋人が目の前で他の女とキスしているところを目撃してしまった哀れな彼女の姿が可笑しくて堪らなかった
「美羽さん!―――っ…美羽!!待ちなさい!!!」
彼女に気付いた恭一さんは大声を上げ、追い掛けようとしている
―――…させない
恭一さんへの好意はいつしか憎しみへと変わっていた
「……行かせない」
恭一さんの腕に両手でしがみ付く
「―――…っ、詩音さん!離しなさい!!」
その腕を離そうともがくけれど、私も剥がされないよう力を込める
「彼女……今の見て誤解したでしょうね?あの子も浮気してたんだし、これで終わりにしちゃえばいいじゃないですか……あの程度の女に拘る事なんかないですよ…」
今頃きっと、泣きながら走ってるわ…
ふふっ…いい気味
そんな様子を想像しながら、ざまぁみろと一人心の中でほくそ笑んでいると
「いい加減にしろっ!」
一瞬、誰が発したのか分からない…激昂した声が暗闇に響いた
今の……恭一さん?
周りには他の誰もいないし、恭一さんしか有り得ないのだけれど
耳を疑ってしまう程、その声は普段の恭一さんからはかけ離れた…感情的なものだった
「あなたは女性ですし、同じ職場のスタッフだからと、これまでの数々の行動に目を瞑ってきましたが……彼女を侮辱すると言うのなら、私はあなたを許しません」
間近に映るその瞳には、明らかに怒りの色が滲んでいる
「私からすれば、あからさまに色目を使って媚びているあなたの方が、余程下品に見えますよ」
「なっ…」
恭一さんの言葉が鋭く、冷ややかに突き刺さり
「例え、今ここであなたが裸になったとしても、私は欲情などしないし、何も感じない。それだけ、あなたには興味がない。いや…むしろ不愉快だ。今後一切、私たちに関わらないでもらいたい」
私を卑下して、バッサリ切り捨てるように言うと
呆気に取られて力が緩んでいた私から腕をスルッと外し、彼女が消えて行った方へ駆け出して行った
今の…何?
何が起きたの?
言った事はあっても、言われた事のない暴言の数々に
脳の処理能力は追い付かず
けれど、身体はワナワナと小刻みに震えている
こんな屈辱…初めてだわ……
各務恭一
私を軽蔑した漆黒の瞳が、貼り付いたように頭から離れない
「冗談じゃない!」
ちょっと、暇潰しにからかってやっただけよ
初めから本気なんかじゃなかったんだから…
「あんな男、こっちから願い下げよ!」
星も見えない、雲に覆われた不気味な闇の中に
私の叫びは虚しく木霊した
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