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「そう……そんな事があったの……」
妙子さんは、カウンター席近くに置かれているテレビの画面をジーっと見つめながら、何かを考えているようだった
妙子さんが私の話を聞いてどう思ったのか…
その表情からは読み取れないけれど
今まで気持ちを溜め込んでいた私は、正直……安堵していた
「美羽ちゃん……それは本物なのかしら?」
長い長い沈黙の後
妙子さんはゆっくりと視線を戻す
「美羽ちゃんが、辛い時、悲しい時、ピンチの時……いつも側で励まして助けてくれたのは、確かにミケーレだわ」
そう…
そういう時は必ずミケーレさんが居てくれた
「そうやって、美羽ちゃんの幸せだけを願って……自分の気持ちを押し殺し続けてきたミケーレがそんな事しただなんて、よっぽどの決意よ?それ……」
───あの日の…
辛そうな顔をして私を抱き締めたミケーレさんが脳裏に甦る
「けど、美羽ちゃんは……?」
「えっ…」
「美羽ちゃんは、ミケーレと向き合えるくらいの気持ちがあるって言える?――――人間、誰しも弱っている時は、何かに縋り付きたくなるものよ。現状から目を背ける為にね…」
妙子さんが、グラスに残っていた僅かな焼酎を一気に飲み干す
「そんな時、優しくされて…ましてや、あんなピンチから救い出してもらったら、ナイトのように思ってしまったとしても無理はないわ……」
グラスに残っていた氷が溶け出して、カラン…と音を立てた
「ミケーレといれば守ってもらえる……そう思って、心のどこかで楽な方へ行こうとしていない?恭一君から逃げてるだけなんじゃないの?」
妙子さんの口から発せられる言葉に、私は何も言えなかった
確かに…
そんな気持ちが全くないと言ったら、嘘になるような気がする
……じゃぁ、私はミケーレさんにもたれ掛かろうとしていただけ?
分からない…
「もし、そうだとしても、それが悪い訳じゃないわ。そこから始まる愛だってあると思う………けど、美羽ちゃんは、恭一君のどこを見てたの?」
「妙子さん…」
「これまで傍にいて、何を見てきたの?確かに、恭一君は感情表現が苦手だし、無愛想だし…ものすごーーく分かりずらいわ。でも、多くを語らなくったって、いつも美羽ちゃんへの想いで溢れてた」
「……………………」
「美羽ちゃんを見つめる時の顔…知ってる?もの凄く柔らかい表情してるのよ…。あの恭一君が、あんな表情をするなんて本当、奇跡だわ……」
奇跡かどうかは分からないけれど
そうなんだと思う
その想いに強い自信が持てなくて
勝手に私が不安になっていただけ………
「―――でも、あなた達2人はとっても似た者同士だから……」
「似た者同士………?」
「ふふっ…えぇ、考え過ぎのね……」
「そうでしょうか…」
自分じゃいまいちよく分からない
「相手を思い過ぎる余り、何も言えなくなっちゃうとことか」
「あ…」
恭一さんは分からないけれど、少なくとも私はそうだ
まず一番に相手の反応を考える
こんな事言って大丈夫か?
あんな事言って重荷にならないか?
いい彼女であろうと言葉を取捨選択する
「それって一見、相手を思って気使っているようだけど、自分が傷付きたくないだけよね……拒絶されたら怖いから…」
まさにその通り
嫌われたくない……
その想いは口をつぐませる
「美羽ちゃんは1人で…頭だけで恋愛してるのよ……」
「1人で…」
「もっと、心が感じたままに伝えなさいって事。美羽ちゃん…本音を全部晒さない恭一君をどう思ってた?」
あ………そっか…
本来はとてもシンプルな事だったんだ
「……寂しく感じていました。もっと、気持ちを話して欲しいって……」
ただ、私が自分で難しくしていただけ…
「恭一君も同じように、そう思っていたんじゃない?」
我が儘だったんだ
相手にばかり求めて
私は何もしていなかった
「まずは、伝えてみたら?分からないなら分からないって素直に伝えればいいのよ。恋愛は1人でするものじゃないわ」
「妙子さん…」
「そして、美羽ちゃんにとって一番大切なのは誰なのか…感じなさい。頭で考えたって答えなんかでないわ。美羽ちゃんの心が誰を求めているのか…しっかり感じるの……」
「出来るでしょうか…?」
「大丈夫!本能はみんな備わっているものよ?焦らなくても、感じる時が必ず来るから」
妙子さんの力強い言葉に、気が付いたら涙が溢れていた
拭っても、拭っても…止めどなく溢れ出る
「あ〜もぉ〜!泣く事なんてないのよ!?あんないい男2人に想われたら私だって迷っちゃうわよ!」
「ふっ…」
「ねっ…今日は頭を空にして、とことん飲みましょ?」
「うっ……ズッ……グス……有り難う…ございます……」
「さぁ〜、飲むわよ〜!!そこの素敵なおじ様〜!おかわり頂戴!!」
迷ったっていいんだよ…
そう言われた気がして
張り詰めていた気持ちが溶けていく
妙子さんが居てくれて良かった……
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