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「おじさん!取り敢えず、生2つね!!」
お店を閉めた後
妙子さんに連れられてきたのは、至って普通の……いや、どちらかと言うとちょっと小汚い…よく言えば、“味のある”居酒屋だった
「妙子さんが、こういうお店にくるなんて意外です」
座敷にいくつか並べられている漆が剥がれかけたテーブルの一角に向かい合って座りながら、辺りを繁々と見回す
「あら?私ってどんなイメージ!?」
妙子さんは、お絞りで手を拭きながら私を見つめる
「妙子さんは……お洒落なレストランでワインとか飲んでるような…」
「ふふっ、それは褒めてくれてるって受け止めてもいいのかしら?まぁ、そういうお店にも時々行ったりはするけれど、私はこういうラフな雰囲気の方が好きよ」
軽く握った拳を鼻に当てながらクスクスと笑った
『へい、お待ち!!』
そこへ、ドンッと勢いよく生ビールがテーブルへ置かれる
「じゃぁ、まずは乾杯しましょうか!?あ、おじさん、メニューいつものお任せでお願いね?今日は、可愛い子連れて来たんだから美味しいのサービスしてよ〜?」
「ははっ、妙子さんには敵わねぇなぁ。よし、ここはこのお姉ちゃんの為に奮発してやるか!?」
「さっすが!も〜、おじさん大好き〜」
「現金だなぁ、妙子さん…。いつもは人の事、ハゲだのハゲだのハゲだの、罵るくせに…」
「あはは…酔っ払うとつい、ね?」
「酷いだろ?お嬢ちゃん。その度に、俺の頭皮は傷付いてるんだぜ?」
そう言って、おじさんは薄くなった頭を撫でて見せる
「ぷっ、ふふふ…」
楽しくて笑ったのは久し振りだった
「あ、ご、ごめんなさい、私ったら…」
「いや〜、この奥ゆかしさ!妙子さんにも見習って欲しいもんだ。よっし、待ってろ!今日は出血大サービスだ!!」
失礼な事をしてしまったのに、おじさんは何故か上機嫌でカウンターの奥へ消えて行ってしまった
「あ、気にする事なんか全然ないのよ?あの人、弄られて喜ぶMなんだから!」
「そうなんですか?」
「そ。さぁ、あのおじさんの事は忘れて乾杯しましょ?」
本当に良かったのかな…
少し気に掛けながらも、泡の消えかけたジョッキを妙子さんと重ね合わせた
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「それでねー?その時、琢磨ったらねー?」
乾杯してから、美味しい料理を食べて、美味しいお酒を飲んで
こうして、他愛もない話をしているけれど
私はちっとも酔えないでいた
それどころか、逆に目は冴えていくばかり…
そんな私とは反対に、目の前の妙子さんはほんのり頬を紅く染め、さっきから楽しそうに会話をしている
「ねぇ、美羽ちゃん、飲んでる?」
「あ、は、はい。飲んでますよ」
「ハゲが作った料理も美味しいでしょー?」
「は、はい。美味しいです」
妙子さん、大丈夫かな…?
結構、酔ってるみたいだけど…
「ねぇ、美羽ちゃん?」
「はい?飲んでますし、食べてますよ?」
「ミケーレから告白でもされた?」
「なっ!!」
酔っていると思っていた妙子さんの思いがけない核心をついた言葉に、飲みかけていたビールを吹き出してしまった
「ちょっ……えッ……あの…」
近くにあったお絞りでテーブルを拭きながら、しどろもどろになる私
「私、そんなに酔っていないわよ?」
確かにさっきまでとは違い、しっかりと私を見据えている
じゃぁ、今までのって…
「あんな、あからさまにミケーレを避けていたら、鈍い春原君だって気付くわよ。ミケーレだって、一見いつもと同じ様に見えるけど、付き合いの長い私にはすぐ分かるわ」
やっぱり、妙子さんは気付いていたんだ
「それに、嫌で避けてるっていうよりかは、どうしていいのか分からなくて避けてるって顔してたわよ…美羽ちゃん」
「あ、あの…」
「その顔は図星みたいね?美羽ちゃん…今の気持ち、私に話してくれないかしら?お節介かもしれないけど、美羽ちゃんは何でも1人で抱え込んじゃうタイプだから心配なのよ…」
「妙子さん…」
「何でも1人で背負うより、誰かに半分担いでもらった方がいい事もあるのよ?時には甘える事も大事!!」
今日誘ってくれたのは、私を救おうとしてくれたから
今まで明るく振る舞っていたのは、私が話しやすい環境を作る為
こんなに、妙子さんにまで心配かけて……私、何してるんだろ…
でも、ずっとこのグチャグチャな気持ちを、誰かに吐き出したかった
考えても、考えても堂々巡りなこの気持ちから救い出して欲しかった
もう、押し潰されてしまいそうで……
私が何を言っても全て受け入れてくれる
そんな妙子さんの優しい表情に後押しされた私は、ポツリポツリと自分の気持ちを話し始めた
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