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「それはどういう…」
「そのままの意味だよ。さっき、美羽に僕の想いを伝えた。それからキスをした……いや、逆か……キスが先だった」
その口調は、まるで業務連絡をこなすように淡々としていた
ミケーレさんが…
いつもの明るい陽気な笑顔の下に、そんな想いが隠されていたなんて
全く気が付かなかった
美羽さんの事といい
どうやら私は、人の気持ちを察する力が欠如しているようだ
「美羽は嫌がらなかったよ」
わざわざ怒りを買いたいのか
まるで喧嘩を売るようなその一言に
まんまとカッとなった感情は、衝動的に彼の胸ぐらを掴み上げる
間近で絡み合う視線は、お互い微動だにせず揺るがない
「恭一……君が悪いんだ」
私を見据えるその瞳が一層鋭さを増す
「美羽をしっかり捕まえておかないからだ。今回のあの男の事だけじゃない。その前からずっと……覚えがあるだろう?」
彼は全てを見透かしていた
「何故、美羽を不安にさせる?何故、自分の気持ちを素直に伝えないんだ」
指摘されるまでもない
ずっと胸の内で葛藤してきた事だ
美羽さんに出会う前の私は、極力人と関わる事を避け、相手にも自分のテリトリーには近付けさせないように生きてきた
周りの人間は勝手な理想を作り、それを私に押し付け、求める
本当の私など誰も見ていない
誰も必要としていない
“理想”と違うと分かれば、簡単に離れていく
まるで、裏切られたかのように…
だから私は鎧を身に付けた
そうする事で自分を守ろうとした
そんな生活が長かったせいも手伝い、私は人に気持ちを伝える事が極端に苦手だった
それは、美羽さんに対しても変わらない
いや、彼女に対してのソレは少し種の違うものだ
勝手な理想を押し付けられるのは嫌なくせに、本来の私を知られるのが怖い
本当の私を知って、美羽さんがいなくなる事が…
矛盾した話だ
美羽さんを見ていると、時々自分を保てなくなりそうになる
愛してやまない彼女を、誰の目にも触れないように閉じ込めてしまいたくなる
大切なのに壊してしまいたくなる
自分がこれ程までに独占欲の強い人間だったとは知らなかった
こんな狂気じみた想いを知ったら、彼女は離れて行くのではないか…
想いが大きければ大きい程、本音を見せる事が怖くなる
彼女はこれまでの人間とは違う
ありのままの自分を受け入れてくれるはずだ…
そう思ってはいても、どこかセーブしている自分がいた
「恭一……言葉を伝えないのは、想っていないのと同じなんだよ。どんなに通じ合った2人でも、伝える事は大事だし必要なんだ。人間はそんなに強くないんだよ」
言葉にする事の意味
それは十分に理解しているつもりだった
けれど、私が躊躇っていた事で彼女を苦しめていたのだとしたら
私は何て愚かなのだろう……
「………恭一、そんな君じゃ、美羽を幸せには出来ない。悪いが美羽は僕が貰う」
決意したミケーレさんの深い珈琲色の瞳が、私の瞳に突き刺さる
けれど、私だって引く訳にはいかない
唯一の存在を無くすくらいなら、頑なな鎧なんて脱ぎ捨ててみせる
「……ミケーレさんに渡すつもりはありません。彼女はどこへもやらない」
掴んでいた胸ぐらを突き飛ばす様に離し、敵意を表し睨みつけた―――――………
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